第22話 生きていてくれて――

「僕を助けてくれた魔法使いは、こういった。『如雨露を正しく使えたとき、君は如雨露のあるじから手を切ることが出来る』と。でも――」


「でも?」


「それは簡単なことじゃなかった。『如雨露を持った者』は、人々の中で恐ろしい存在になっていて、僕はこの如雨露を使って村を救うことはできなくなっていた。それもそうだ。僕は魔法使いに助けられたけれど、村は嵐に流されたし、亡くなった人たちも沢山いたのだから」

「……」

「僕を助けてくれた人はそれを分かっていたから、色んな魔法を僕に教えてくれた。例えばや、魔法だ。そうすれば、『如雨露を持っている者』って思われなくなる」

 タカテラスは話を聞いて、ハッとする。

「もしかして……」

「どうかした?」

「22年前、ヒナタが俺に如雨露をくれたとき、どこから出てきたのか不思議に思っていたんだ。それって、持っていることが分からないような魔法がかけてあったってこと?」

 すると、ヒナタは「そんなことまで覚えてるの?」と言ってふっと笑う。

「その通りだよ。如雨露は小さくしてポケットに入れておいたんだ」


 そう言って、ヒナタがテーブルの上に置いてある如雨露にそっと触れて、「小さくなれ」と命令すると、如雨露は手のひらに収まるくらいの小ささになってしまった。


「す、すごい!」

 感心するタカテラスを見て、ヒナタは肩を竦める。

「やり方を教えてもらうまでは分からなかったけれど、一度やれるようになってしまえばそう難しいものではないよ」


 そしてヒナタは再び如雨露に触れて、「元に戻れ」と命令する。すると、如雨露は先ほどと同じ大きさに戻った。


「ほらね。簡単でしょう?」

 だが聞かれた方のタカテラスは、先ほどの驚きの表情とは打って変わり、悩ましい顔をしていた。

「どうしたの?」

「いや……、小さくした如雨露がポケットに入っていたんなら、何で服を洗濯したときには出て来なかったんだろうと思って……」


 ヒナタを助けたとき、タカテラスは彼の服を弟の服と交換して洗っていた。そのときポケットの中身も確認したが、何もなかったはずである。

 するとヒナタはふっと笑う。


「だって、シーツの中に隠していたんだから」

「……見つかってはまずいものだから?」


 タカテラスの問いに、彼は少し悲しげな顔をした。


「そうだね。西側の人たちは、僕のことをほとんど知らないようだったけど、見つかったらどうしようかとは思っていた。タカテラスにはもう僕の本来の姿を見られてしまったから仕方なかったけれど、君の家族には暗示をかけた。僕が金髪で空色の瞳をした人物だと分からないように、みすぼらしい男に見えるようにしたんだよ」

「そうか。それもようやく納得いったよ」


 ヒナタを背負ったタカテラスを見て、何故「その男」と言ったのかようやく合点が言った。


「悪いことをしたね。ごめん」


 謝るヒナタに、タカテラスは首をゆるく横に振った。


「そんなことはないさ。君が自分を守ろうとしてやったことだもの」


 ヒナタは小さな声で「ありがとう」と呟いてから、話を如雨露に戻した。


「……僕は如雨露を正しく使うために旅をしていたんだけれど、そのうちに魔法使い狩りに追われるようになったんだ」

「今までは追われていなかったの?」


 不思議に思って尋ねると、ヒナタは頷いた。


「魔法使い狩りの一部は、ウーファイアの指示で動いているんだ。だから如雨露を持ち、彼女に従順だったころは何にもされなかった。だけど如雨露の魔法が書き換えられたことを何かで知ったウーファイアは、僕が『裏切った』と思ったんだろうね。それから僕は、ずっと魔法使い狩りから逃げ続けている」

「ヒナタ……」


 タカテラスはヒナタの背に手を置くと、彼は悲しげな顔に笑みを浮かべた。


「僕の本当の名前はね、ヒナタじゃないんだ。でも、もう元の名前は忘れてしまった。ウーファイアにこの如雨露を渡されたときに、奪われたのだと思う」

「……」


「タカテラスと会ったときは、ちょうど魔法使い狩りに追われていたときだった。食べるものもなくて、魔法を使うのも限界で、ヘトヘトで。頼れる人もいなくて、自分で何とかしないとって必死だった。毎日、毎日、魔法使いを狩る魔法使いと戦って……そんなことをしているうちに、君の村の入り口にいたんだ」


「……そうだったのか」

「……」


 ヒナタはソファの上で膝を抱えると、そこに顔を埋めた。


「僕はとてもなんだよ。本当は、生きる資格もない人間。あのとき、濁流に飲まれたままでいれば良かったのかもしれない……」


 タカテラスは首を横に振った。

 何故そんなことを言うんだろう。この子だってやりたくてやったわけではないし、何とかしようと必死だったのが痛いほど伝わってくる。確かに彼の行いによって亡くなった人もいるのは事実だが、彼は被害者でもある。


「そんなことはない。少なくとも俺は君のお陰で助かった。ヒナタのお陰だよ」

 ヒナタの気持ちが少しでも晴れればと思って言ったのだが、彼は顔を上げると神妙な顔をして呟いた。

「違う。僕は君を利用しただけなんだ……」

「え?」


 すると彼はぱっと顔を上げる。ろうそくで赤く灯された瞳には、涙がたまっていた。


「言っただろう? 如雨露が正しく使えたとき、僕はウーファイアとの間の契約が切れるんだ。僕はそうしたくて、君を利用しただけなんだよ……」


 ヒナタの瞳の涙が今にも零れそうになっている。それが彼の本心でないことを示していた。


(こんなに痛みを背負って……意地を張って……辛かったろうに……)


 何を言ったら、彼の中にある凍ったものを解かせるのだろう。タカテラスは何も分からなかったが、ただふっと優しく笑うと、

「それでも、俺は、ヒナタに生きていてくれて良かったって思うよ」

と精一杯真心を込めて言った。


 その瞬間だった。ヒナタの瞳から大粒の涙が零れ落ちた。

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