第13話 震える手

(25年前……というと、俺がヒナタと会った日の3年前だ)


 タカテラスは、新聞から顔を上げると首を横に振った。


(ち、違う。これはヒナタじゃない。きっと違う……)


 そう念じるが、少年の情報が酷似している。

 ヒナタは金髪のふわりとした髪に、晴れた日のような空色の瞳。そして色白の肌。身長も確か140cmくらいだった。そして、着ていたマントは「藍色」。

 髪の色も肌の色もピタリと一致しているし、瞳の色も青系だ。

 彼は深呼吸をして、もう一度「情報求む」の欄を見た。


(マントの色は三種類か……。でも、マントの色なんて新しいものを買えば、いくらでも変えられるし……。あっ――)


 そのときタカテラスは、彼と会ったときの不思議な出来事を思い出す。


(俺がヒナタを助けたとき、マントの色は間違いなく藍だった。それなのに母さんたちと見たときは灰色だった)


 彼はごくりと唾をのみ込んだ。


(もしかして、マントの色を変えられるのか……?)


 それともう一つ。「青年の姿」というのが引っかかった。タカテラスが怪我をしたヒナタを背負って家に帰ったとき、母がヒナタを見るなり「」と言ったのである。タカテラスが見たときはどうみても子どもであったはずなのに、母は確かにそう言った。


 ここまで魔法使い関連の書籍を読んでみたが、彼らが出来る主な魔法は「天候を操ること」と書かれていた。だが、天を動かすくらいなのだから、自分の姿やマントの色を変えるくらい、容易なのではないかとも思えてしまう。


(まだ……、そうと決まったわけじゃない)


 タカテラスは自分に言い聞かせるように、心の中で呟いた。

 だが、これが仮にヒナタであるとするならば、彼は間違いなく魔法使い狩りたちに目を付けられている。それも25年も前から。そう考えると、タカテラスに会ったときに怪我をしていたのは、すでに魔法使い狩りと戦っていていたからではないか、というグレイスの考察も当てはまるような気がしてくる。


(ヒナタ……)


 タカテラスは、読んでいた新聞を震える手で畳み直した。気温はそれほど低くはないというのに、背筋が冷え、足もびくびくと震える。

 彼は、このままここにいても集中できないと思ったので、仕方なく、手元に持って来ていた書籍を司書がいるカウンターに返して、そのまま図書館の外へ出た。


「こんなときに、雨か」


 図書館に入って来る人たちの多くが、傘を差している。来るときは降っていなかったので、今出て行こうとする人たちの多くは、建物内に戻るか雨の中を走って出て行く。


「……」


 畑に程よく降る雨は、大地の恵みである。しかし、今日に限ってこの天気は堪えた。青い空ならば良かったのに、街を覆うどんよりとした曇り空は、沈んだ気持ちを助長する。


「くそっ」


 タカテラスは悪態をつきつつ、小走りで宿泊所まで向かう。図書館を出るとき、時計を見たら午後3時だった。戻れば嫌な顔はされるだろうが、部屋には入れるだろう。


 丘の中腹にある図書館よりも、さらに上にある宿泊所に辿り着くと、どっと疲れが押し寄せ、部屋に入るや否やシングルベッドに倒れ込んだ。


 この宿泊所は、タカテラスのことを心配したグレイスが手配したものである。最初は断ったのだが、「断るのなら、俺の家で寝泊りしろ」と言われてしまい、止む無く承諾したのだが、今はその誘いに乗って良かったと思った。一人になれるし、何よりマットレスが程よく柔らかいので心地が良い。


「これからどうしよう」


 ベッドに横になりながらぽつりと呟いた。


 タカテラスは、新聞の記事を読んでヒナタを探すのが怖くなっていたのである。

 もし、魔法使い狩りに捕まっていたとしたら――。

 気を紛らわすために窓の外を見てみたが、曇りの空が見えると、どうしようもなく落ち込んでしまう。

 タカテラスは観念して、そのままベッドで眠った。


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