第10話 タカテラスの決意

 タカテラスは目を丸くして、しかしすぐにいつもの顔に戻ると「どうしてですか?」と尋ねた。


「どうしてって……。探したとしても、悲惨な結果になるだけかもしれないだろ」

「悲惨な結果とは?」


 グレイスはタカテラスの鋭い視線に気圧される。いつも穏やかな表情を浮かべている彼が、ピリピリとした雰囲気をまとったのは初めてで、グレイスは渋々と口を開いた。


「……魔法使い狩りに、やられているかもしれないじゃないか」

「まだそうと決まったわけではありません」

「そんなことは分かっている。だが、生きているとして君はいつまでその子を探すつもりだ?」

「見つかるまでです」


 迷いない答えに、グレイスはテーブルを、ダン! と強く叩いて立ち上がった。


「死んでいたら永遠と旅を続けることになるんだぞ! 君の家族はどうなる⁉︎」

「帰らぬ旅に出ると言ってあるので大丈夫です」


 グレイスは驚き、信じられないものを見るような目でタカテラスを見つめた。


「……正気か?」


 その問いに対し、タカテラスは立ちグレイスの瞳を見つめ、優しく、しかし少し困ったように笑って答えた。


「至って正気ですよ、私は。仰っていることもよく分かっているんです。家族のことを考えたら、馬鹿なことをしているということも。しかし、それでも私はヒナタを探したい。もし彼と出会わなければ、あの村は畑を止めざるを得なかったでしょうから……」

「……」

「そしてグレイスさんと会うこともありませんでした。あなたと出会えたのは、ヒナタが与えてくれたがあったからです」


 優しい笑みを浮かべているのに、その中に見え隠れする強い意志を帯びた瞳を見ると、グレイスはいたたまれなくなって、ふいと顔を背けた。


「俺は……」

「はい」

「俺は、反対だっ。周囲にバレなければいいが、万が一魔法使いと仲良くしていいるとバレれば、非魔法使いだって差別や迫害の対象になる。俺は君にそうなってほしくない……」


 彼はそう言って額に手を当てた。頭が痛い、といったところだろうか。

 魔法使い狩りの影響は、魔法使いを保護したり仲良くしたりする非魔法使いにも影響をしている。それをグレイスは懸念していた。


「ありがとうございます。グレイスさんのお気持ち、とても嬉しいです」

「なら、考え直してくれるか?」


 その問いに、タカテラスは首を横に振った。


「いいえ」

「どうして……」


 その呟きに、今度はタカテラスが尋ねた。


「では、私がヒナタに会って仲良くしていることが世間に広がったとき、グレイスさんも差別する人たちと同じように私を排除しようとなさいますか?」

「俺はそんなことはしない! 勿論君の味方だ! 味方だが……」


 グレイスは一度口を閉ざしてから、拳を握り勇気を振り絞ってこう言った。


「世間の目、と言うのもある……」


 今のグレイスには、守らなければならないものもある。それは研究室や、自分と同じ志を持って研究に取り組む人たちのことだ。


 彼が研究をし始めたころは、何をやっても認めてもらえなかった。その上、研究の成果は世間が望む態度によっても光を浴びるかどうかが変わってきてしまう。自然系研究が認められなかったのも、魔法使いが非魔法使いを助けなくなり、魔法使い狩りによって魔法を用いた戦いが始まったなかで始まったからだ。もし、魔法使いと非魔法使いの関係が良好な間で研究が進んでいたら、厳しい道を辿らなかったかもしれない。


 それ故にグレイスは、「世間の目」を蔑ろにすれば、研究の未来がなくなることを知っているのだ。そしてようやく認められた研究成果や、研究室に戻ってきてくれた人たちのために、あってはならないことなのである。


 タカテラスはそれを分かっていて、柔らかく笑う。


「知ってます。それにグレイスさんを世間から追い出す方が、人々にとって勿体ないことになりかねない」

「そんなことを言ったら、君だってそうだ……」

「私ですか? 買い被りすぎですよ」

「そんなことはないよ」

 優しく、しかし真っ直ぐな言い方に、タカテラスは少し悲しくなりながらも、自分の気持ちを言った。

「私がここにいるのは彼がいるお陰なんです。だから、彼の存在を否定することは絶対にできない」


 その強い意志に根負けしたグレイスは、肩の力を抜いた笑みを浮かべた。


「君らしいよ」


 グレイスは呆れつつも、これが自分の親友なのだ、とも思った。


「グレイスさん、ありがとうございます。私がこんなんだからって、村のことは見捨てないで下さいね」

「ちゃっかりしているな」


 そう言うと、二人はようやく笑い合ったのだった。

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