第3話『いつになったらクリアできるの?!』

 私は電話の音が嫌いだ。

 それはお客様からのもだし、内線電話もそう。電話は大抵面倒なことをもたらすから。

 でも、サブチーフの代わりに入った人は、やることがないということでカゴ集めのためにカウンターを出ている。そのため、私が出ざるを得ないのだけれど、正直出たくない。

 でも、電話は切れることなくなり続けているし、そろそろ出ないと怒られる。

 嫌だなぁと思いながら受話器を取ると、

「さっさと出てよ!」

 事務所の職員からの叱責。案の定、心が一つ砕ける。

「お客様からの忘れ物の問い合わせ」

 言い終わるが早いか電話を切られる。

 私は、そんなに怒らなくてもと思いながら電話に出てお客様の話を聞く。

 内容は、お金の入った封筒を落としたと言うもの。

 届いていない旨を伝えて電話を切る。

 どうしてそんな大切なものをただ持ち歩くのかと少し呆れていると、再び今度は外線電話が鳴り響く。

 でもこれは、事務所が取るからと放置――したにも拘らず、事務所が出ない。

 コールが七回を超えた。

 完全にお客様が引いたレジ員たちが、出ないのかと言わんばかりの顔でこっちを見るから、嫌々ながらに電話を取れば、それはサブチーフ宛の電話だった。

 電話の主は環境庁。レジ袋利用率に関する問い合わせで、本来はチーフのやっていたことだったが、私が話を聞くまでもなく知らないことだからとサブチーフに回した内容についてだった。

 アンケートの回答がまだ送られて来てないので、もう一度連絡してほしいという旨だった。

 伝えておきますと受けて電話を切る。

 もう、後は電話なんて来ないでほしいと思っていると、「すみませーん」と目の前で声を掛けられる。

 何かと思えば、判子の在庫があるかどうかの問い合わせ。

 在庫管理はサービスカウンターで行っているため、少々お待ちくださいと前置きして、老眼で見辛い中、目的の判子を探すも見当たらない。

 その旨を伝えれば、五本欲しいとのこと。

 私はあっさりと、では五本入荷しましたら取り置きしておきますのでとお客様に伝えた。

 お客様は、ありがとうございます。助かりますとお礼を言って去って行った。

 割られた分復活したと思う。

 もしかしたら、今日こそクリア出来るのではないかと期待を高めながらシフト作成に入る。

 すると、「いらっしゃいませ」と言う、サブチーフの声。

 え? まだ休憩のはずでは?! と驚いていると、シフト作りに夢中になって気づかなかったお客様の相手をしている姿を見て、内心で思わず顔を抑えて呻いていた。

 だって、今まさにそのお客さんの接客を終えたら。

「周りを見て仕事してって言ったよね?」

 振り返った瞬間の言葉で心が割れた。

 だって、もう一人いたし、私シフト作ってたからと言いたかったが、その時もう一人の従業員は、宅配便を三件引き受けている真っ最中だった。

 何も、言えなかった。

「こうは言いたくないけれど、あまりにあまりだから言わせてもらいます。あなたがやっていることはただ見てるだけ。それこそ、お風呂見て来てって言われた相手が、お風呂見てきたらお湯一杯に入ってたけど、お湯止めて来なかった。って言うのと同じです。見て来てお湯が一杯になっていたらお湯を止めて戻って来るまでが、私たちの言う『周りを見て仕事して』ってことです。何が悲しくて一年以上も入りっぱなしの人相手にこんな初歩的なこと繰り返し言わないといけないんですか情けない」

 容赦なく二個目が割れる。

「毎度毎度言いますが、あなたには学習能力と連想力ないんですか? ひとつ言われたら応用することできないんですか? こっちが好きで怒ってると思ってるんですか? こっちだって言いたくないんですよ」

 だったら言わなきゃいいじゃないと思う。

「だったら言わなきゃいいじゃないみたいな顔しないでください。子供じゃないんだから」

 即座に三つ目が割れる。ああ、これは完全にハマってしまったと思う。何とか逃げださなければと思う。

 そんなときに、来店するお客様は神様に見える。

 即座に対応し、終わった頃には不完全燃焼のサブチーフが居るだけになる。

 だから、この隙に、サブチーフ宛に電話があったことを伝えると、

「で? 誰に連絡すればいいの?」

 と、返って来たから私は戸惑った。お陰でサブチーフの顔が厳しいものになる。

「だから。誰に連絡すればいいの? 相手の名前は? 電話番号は?」

 問われて私は、聞いてなかったことを俯きながら伝えた。刹那。

「メモの! 取り方! 何度! 説明すれば! 解かるの!! 受けた日付と、相手の名前と、連絡先と、用件を、誰が見ても分かるように書けって何度言わせれば気が済むの? 何が難しいの? 小学生でも出来るし、私たちが貼ってるメモもそうなってるし、あなたがそんなメモを見て全て理解できる人間だったらまだしも、懇切丁寧に書いてても読みもしなければ、読んでも理解できなくて他人に聞いてるあなたが! 何だってこうも本当に社会人としての常識欠如させてるの? 仮にも店やってた人なんだよね? よくそれでやって来れてたね!」

 容赦なく、心が割れる。

 ここでごめんなさいと言ったところで、聞き飽きたと吐き捨てられる。

 本当に、呆れられているのは解る。でも、サブチーフが知ってると思ったのだ。

 本当に堪らなく嫌だった。どうしてこう毎回毎回怒られなければならないのか。

 しかもカウンターの前で。声は抑えられていると言っても、怒られているのは表情を見られれば一目瞭然で、私は良い晒ものだ。

 それでも、一応もう一つ伝えなくてはいけないことがある。

「あと、この前判子の注文をしたと思うけど」

「したよ。それが何?」

「この苗字五本取り置きして欲しいみたいで」

「は?」

「だから、この苗字五本取り置きして欲しいみたいで……」

「急ぎなの?」

「解らない」

「は?」

「訊いてなかった」

「何で?」

「入って来ると思って」

「入って来ないよ。在庫になるもの。よほど売れる苗字じゃない限り五本も取らないし。入って来ないってお客様に連絡して」

「…………」

「何? 連絡すればいいでしょ。勝手にできるって言ったんだから」

「いや、無理……なの」

「は?」

「連絡先書いたメモなくして……」

「なんでそういう白々しい嘘つくの?」

 速攻で見破られた。心がまた一つ割れる。

 その後も、怒涛の勢いで注意される。

 何度言わせれば本当に覚えるのと、お陰で胃薬手放せないと責められて詰られて怒られて。

 胃が痛いのはこっちの台詞だと言ってやりたい。

 これではまるで私が何もできない本当に役立たずに思わせられて来る。

 そんなはずはないんだ。私だって作業は出来ているはずなんだ。

 ただ、速度が追い付いていないだけで。メモだってとってる。

 そんなに気に入らないならと、社長にはチーフを降ろしてくださいって言ったからと伝えても、『そうやって逃げられる奴は楽でいいね』と吐き捨てられる。

 私には夢の中のサブチーフのことも現実のサブチーフのことも理解が出来ない。

 私に一体どうしろと言うのか。

 私のことを完全否定してやることなすことけなしているくせに、どうして自由の身にしてくれないのか。

 私はあなたのストレス発散のはけ口じゃない!!

 もう私を放っておいて!!


 と、叫んだ瞬間。

 私はハッと目を覚ます。

 トントンカチャカチャと、朝食の用意をする音がする。

 見慣れた自分の部屋の天井を見る。

 ドキドキと動悸がする。

 内容は思い出せないが、仕事の夢だったような気がすると思いながら起き上がる。

 ああ、嫌な夢。

 この頃夢見が悪い気がする。何か楽しいこと考えないと。前向きに前向きに。

 でも、仕事に言ったらまたサブチーフが居る。

 どうか今日のお小言は一回ぐらいで治まりますように!

 私は祈りながら、憂鬱な気分を無理矢理吹き飛ばして、「おはよう。お前」と、キスとハグで出迎えてくれる優しい夫の前では健気に仕事を頑張る女を演じて、戦場しょくばへと赴く決意をするのだった。

                                        完

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『正気度を死守せよ!』 橘紫綺 @tatibana

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