エピローグ

 街が色とりどりのイルミネーションで輝いているなか、大きなクリスマスツリーは白一色で染められていた。まるで新雪のような煌めきに見惚れてしまう。


「春菜!」


 クリスマスツリーの影から、ヤマトが手を振っている。品のいいブラウンのコートのせいか、今日のヤマトは大人っぽく見えた。


「待った?」


「今来たとこ」


 クリスマスイブ。私達はデートの約束をしていた。


 REVOに優勝したヤマトは記者会見やインタビューに追われていたし、私は私で以前にも増して事務所の勧誘や仕事の依頼が来るようになった、


「やっと冬休みでゆっくりできると思ってたけど、お互い忙しいよね」


「ほんとに。学生とプロゲーマーの両立って厳しいよな」


「学校って言えばさ、終業式で今日挨拶させられたんだけど」


「春菜も? 実は俺も」


「そのせいでさ、いつもなら嬉しい終業式も気が重かったよ」


 ははは、とヤマトが声を出して笑う。


 同じ様な経験を共感しあえる関係に、心が癒される。



「食事の前にさ、行きたいところがあるんだ」


「うん、いいけど……?」


 予約していたレストランまでには時間がある。


 しばらく歩くと、水族館に着いた。


「あ、ここって今人気の……」


「水族館だけどクリスマスのイルミネーションもしてて、すごくきれいなんだってさ」


 わくわくしながら中に入ると、そこはまるでゲームのなかのような景色だった。


 クリスマスカラーのサンゴ礁、オーナメントのように光るクラゲ、水中のトンネル……そのどれもがキラキラと輝いている。


「なんだか、別の世界に来たみたい」


 ふっと薄暗闇のなかでヤマトの顔が照らされる。


 ……なんだかドキドキしてしまう。


 私の心を見透かしたかのように、ヤマトは繋いでいた手の指を絡ませた。手なんかいつも繋いでいるのに。胸のなかで甘いなにかが弾けていくような感覚になる。


「なぁ、春菜。あのときの約束、今ここでしてもいい?」


「え、約束ってキス……だよね? こんな人がたくさんいるところで」


 周りを見渡すと、誰もいない。

 なんていうタイミングなの……。


 ヤマトが私の腰を抱き寄せて、優しい瞳で私を見つめる。私は覚悟を決めて、目を閉じる。いつくるだろう。いつ、くるだろう。


 ……。


 しばらくして、唇に柔らかい感触がした。


「……っ‼」


 目を開けると、ヤマトの顔がまだすぐ近くにある。


「……もういっかいしてもいい?」


「だ、だめ! また今度ね‼」


 このままじゃ心臓が破裂してしまう!

 一度落ち着かないと!


「わかった。まあ、これから何回だってできるからな」


 ヤマトが意地悪そうな表情を浮かべている。

 もう、大胆な男になったんだから……。


「春菜、あれ見てみろよ。めっちゃ可愛い魚」


「え? どれ? あんな魚見たことな……」


 水槽に自分の姿が反射して、気づいた。

 私の首元には、まるで桜の花のようなデザインのネックレスがあった。


「これって……」


「……クリスマスプレゼント」


 さっきのキスの間に……? なぜかキスしたときより恥ずかしそうにして、ヤマトは名前も知らない魚を見つめる。


「ありがとう。ずっと大切にするね」


「俺も、ずっと春菜を大切にする」




     *



 水族館を出た私達は、予約していたレストランに向かっていた。


「本当はさ、REVOが終わってすぐに春菜とキスしたかったんだけど、親御さんが来てたから無理だったんだよな」


「お父さんとお母さん、号泣しながらステージ近くまで来るんだもん! 本当にびっくりした」


「挨拶、どのタイミングでしたらいいのか迷ったよ」


 私達はプッと吹き出して笑う。


 そのとき、私のスマホが鳴った。少し遅れて、ヤマトのスマホも鳴る。


「あれ、なんだろ? ちょっと電話に出るね」


「俺もだ」



「……はい、もしもし」


『夜遅くにすいません。eスポーツ日本代表選考委員会のものですが……』


「なんでしょう?」


『実は、今度の世界大会でアタックウォリアーズのダブルス戦が競技内容として決定しました。個人戦はヤマト選手が出るのですが、ダブルス戦ではハル選手の出場もお願いしたいんです』


 ……。


 私たちは電話を切り、顔を見合わせる。


「選考委員から?」


「うん」



「まさか、ふたりで日本代表になるなんて――」


「でもこうなったら、やるしかないだろ!」


 私たちは手を繋ぐ。

 クリスマスイブ、私たちの心にある熱い想いは、ずっと冷めそうになかった。



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