“恋人のふり”が終わる日

なにか“棒”で突かれた。

……いてぇ、なんだ。


まぶたを開けると、目の前には――え。先輩のお父さん!? なんでここに!?



「……ようやく目を覚ましたか」

「お、俺の部屋になぜ! 先輩はどこです!」

「事情は妻とジークフリートから聞いた。貴様、我が娘を一泊させたそうだな」


怒りの眼差しを向けられて俺はビビった。なんて迫力だ。殺される。


「さ、さあ……なんのことか」

とぼけるな。正直に言え、貴様は娘と付き合っているのか? 恋人なのか、はっきりしろ」


ウソをつけば殺す的な目だ。

……だめだ、俺はもうこれ以上、ウソはつけない。正直に話すしかないと思った。


「先輩のお父さん……俺と先輩は“恋人のふり”をしていたんです。先輩に頼まれて……それで、だから最初はそんな希薄な関係で……でも、気づいたら居心地がよくなって、いつか本当の恋人になれたらな――って思ったんです」


俺はもう止まれなかった。

後ろばかり見ていた俺が、今は前ばかり向いてる。いや、先輩ばかりを目線で追っていた。俺にはもう彼女が……柚がいないと人生が詰まらないとさえ感じていた。


「そうか、貴様の関係はその程度・・・・だった……ということかね」

「……違う。俺と先輩の関係は確かだった。嘘偽りのない気持ちだった……少なくとも俺は、ですが」


あとは先輩の気持ちが知れれば……。いやもう分かっていたことだ。俺は知っていたけど、関係を終わらせたくない気持ちを優先させて……誤魔化していた。


「娘を思ってくれる気持ちは嬉しい。だが、その関係もこれまでだ」

「……え」

「なんとなくは知っているだろう。お見合いの件だ。話はもう進めているんだ……これ以上の邪魔はさせない」


「なんだって……先輩の気持ちは無視ですか!」


「将来を考えれば仕方ないことだ。分かってくれ」

「くっ……!」



俺は居ても立ってもいられなくなり、部屋を飛び出した。



「どこへ行こうというのかね」

「柚先輩を探します!! 探し出して……愛の告白をする!! そんなお見合いとかの前にね!」


「き、貴様……正気かッ!!」



追いかけてくる先輩のお父さん。血管ブチブチで怒り心頭だが、俺はもうスルーした。それよりも先輩だ。


冒険者ギルドまで降りると――あれ?



なぜかそこには先輩と……


む?


あの相手の男は誰だ。



「いい加減にして!!」



パシンッとビンタする音が響く。


どうやら、先輩が男の頬を叩いたようだ。……何事?



「……柚さん、そこまであの男を愛してしまったのですか」

「そうよ。わたしは愁くんがいいの。もう邪魔しないで……ていうか、もうお見合いとか興味ないから」


まさかお見合いの相手か。どうやら、振ったみたいだけど。


「先輩!!」

「しゅ、愁くん……どうして」

「それはこっちのセリフですよ。なぜか先輩のお父さんはいるし、お見合い相手もいるし、なんですこの混沌カオス



混乱しているとお見合い相手の男が俺の方へ向かってきた。



「お前……お前か!! 僕から柚さんを奪ったのは!!!」

「はぁ? お前なんて知るかよ。てか、店から出ていけ」

「お前のようなヒキニートみたいなヤツが!! なぜ!!」


いきなりグーが飛んできたので、俺は回避した。


「当たらねえよ、バカ! てか、暴行罪になるぞ」

「知るかあああ!!」


また拳が飛んできた。

けれど、俺は余裕の回避。


すると、タイミング悪く背後にいた柚先輩のお父さんの顔面に命中。



ボコッと頬に当たり、お父さんは倒れた。



「「「――――っ!!!」」」



やべえ!!

お見合い男のせいで!!



「お、お父さん! うそでしょ……」



その後、お父さんは救急車で運ばれた。お見合い男――どうやら、名前は村上というらしく、ヤツは暴行の容疑で連行された。運が悪かったというか、アホだ、アイツ。


俺と先輩は病院へ向かった。



* * *



病室へ入ると、先輩の父さんがこちらに視線を向けた。



「…………軽傷だ。特に問題もない」

「お父さん、良かった。でも、いきなり乗り込む方も悪いからね」

「…………すまん。私が間違っていた。あんなDV男をお前のお見合い相手に選んでしまった……」


深く謝罪する先輩のお父さん。どうやら、反省しているようだな。


「じゃあ、愁くんと付き合っていい?」

「…………ぬぅ」


めちゃくちゃ嫌そうにするじゃん!

これはもう一押しかな。



「先輩のお父さん……俺は……」



ここにきて俺は言葉に詰まった。

相手は先輩の父だ。


威厳があって、怖くて、見下してくるし、失礼だが優しさの欠片もない。でも怯むな俺。まだだ、まだこの勝負は終わっていない。


欲しいものは自分の力で掴み取れ――それが親父の言葉だ。



「なんだね」

「俺は……柚さんが好きです。愛しています」


俺は先輩の方へ振り向き、肩に手を置く。


「……愁くん」

「先輩、俺はもう“ふり”はしたくないんです。本当の恋人になりたい。だから、これはその第一歩です」


「うん、わたしも同じ気持ち。もう気持ちに嘘はつきたくない……」



抱き合って、キスしようとしたが――お父さんが咳払いした。



「病室でそこまでせんでいい!! あー…もう分かった。好きにせい。私はもう何も言わん」


「お父さん……本当!?」



先輩が確認するが、お父さんは俺を見た。



「おい、愁とか言ったな」

「なんでしょう」


「娘を……頼んだぞ」

「はい。必ず幸せにしてみせます」


「分かった。ならば、このまま静かに立ち去れ」



俺は先輩の手を取り、静かに病室を去った。

部屋を出ると、そこにはジークフリートさんが。



「お待ちしておりました。お嬢様と愁様」

「ジークフリート、なにか用?」

「ええ、ご案内したいところがあるのです」

「……でも学校が」


「学校にはお休みの連絡を入れておきます。お二方、どうかお車へ」



いったい、どこへ行くつもりだ?

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