本当の恋人がいいな

どうやら先輩目当てのお客さんが大半を占めているようだった。

写真撮影が永延と続き、まるでアイドルの握手会のような様相となっていた。


今も尚、行列は絶えない。

先輩の体調が心配だ……。


けれど、先輩は笑顔を絶やさず誠意をもって対応していた。やっぱり先輩は優しくて天使だな。


そんな俺はオーダーをテーブルへ運んだり、回収したり……空いたテーブルを拭いたりなど“通常業務”をこなしていった。ただの執事の俺に出来る事と言えば、これくらいだ。



特にこれといってトラブルもなく、平和的に午前の仕事は終わった。

カウンターで脱力していると親父が戻ってきた。



「愁、柚ちゃん、ここは任せて昼休憩へ行ってくれ」

「ありがとう、親父」


「なぁに、柚ちゃんのおかげで店が大盛況だ。こんなに行列が出来る日が来ようとはな……感動だ。……うぅ、ずいの涙がっ」



目頭を押さえ、親父はおとこ泣きしていた。オーバーだなぁと思いつつも、赤字続きだって言っていたし……これで利益が出てくれれば、店が潰れなくて済む。

親父もだいぶ苦労してここまで店を経営していたようだし、少しはこうけんしないとな。



現場は親父に任せ、俺と先輩はリビングへ。

ソファに腰掛けて早々、先輩はくたっと倒れて俺に寄りかかってきた。



「…………き、緊張したぁ」

「ちょ、先輩大丈夫ですか。まるでスライムみたいにヘニャヘニャですよ」

「ちょっと疲れちゃったみたい」

「無理しないで下さいね。はい、お茶」

「ありがと」



冷たい緑茶が入ったグラスを渡した。先輩は上品にごくごく飲んでいた。ちょっとした仕草でも絵になる人だなぁと見惚れていると、扉が開いた。


ああ、九十九さんだ。

栗色の髪を激しく揺らし、慌てた様子で入ってくる。



「ちょ、ちょ……どうなってるの!! お店が大変なことに!!」



そう思うよな。ずっと列が絶えないなんて今まで無かった。こんなことになる以前は、多くても十人程度。それが今は五十、百人は列をなしている。お祭り状態だ。



「九十九さん、お茶を飲んで落ち着いてください」

「そ、そうね」


俺は湯飲みを渡した。

直後、九十九さんはお茶をふきだした。



「ブッ――――――!!!! あつうううううううううう!!!」



って、しまった。

アツアツのお茶の方を渡してしまった。俺としたことが、うっかりしてた。


「す、すみません、九十九さん!!」


俺もだが、先輩も大慌て。


「九十九さん、こちらの冷たいお茶で舌を冷やしてください」

「ありがとう、和泉さん! ――あぁ、びっくりした。でもヒリヒリするぅ」


涙目で舌を出す九十九さん。


「申し訳ないっす。俺のうっかりで……ヤケドとか大丈夫です?」

「平気平気。これでもゴリラ舌だから! 慌ててたし、気にしないで。それじゃ、私は着替えて対応してくるね」


九十九さんは風のように去っていく。

……風っていうか、嵐だな。


元気の溜まりにみたいな人だ。



* * *



昼食を食べ終え、再びお店の方へ。

相変わらず客入り良好。


いつもと違って忍者や獣人、エルフのコスプレをしている人も多かった。今日は盛り上がってるなあ。


ノートパソコンやスマホでMMORPGを楽しむオフ会の集団。TRPGを楽しむ三人。トレーディングカードゲームで騒ぐ二人組。優雅に紅茶を楽しむ令嬢コスの人。


先輩目当てに並ぶ列……まだいたのかよ!


カウンターに出て早々、先輩に握手を求める男達。それだけなら良かったが、魔法使いのコスプレをした爽やかな男が先輩をナンパ――というか勧誘をはじめた。



「ねえ、君。すっげー可愛いね。こんなお店より、俺んとこのえっちなマッサージ店で働かないか? 即決なら前金として五万出す。……いや、十万でもいい」


「…………え、ちょっと困ります」

「そんなこと言わないでさぁ~。こんな喫茶店じゃ、最低賃金でしょ。昇給も見込めないし、ならさ、えっちなお店で働いた方が月収十万以上も夢じゃないよ?」


「…………」



純真で純潔な心を持つ先輩は、怯えて泣きそうになっていた。その目は、俺に助けを求めていた。


……ああ、もちろん助ける。



俺は、全力の笑顔で男の肩に手を置いた。

男がこちらへ振り向く。



「……あぁ?」

「ちょっとお客様。勝手な勧誘は困ります」

「んだ、てめぇ」

「てめぇはございません。いいですか、マナーを守れないなら“追放処分”となりますが?」


「なんのルールだよ、ドアホ」

「当店のルールでございます。ほら、そこの壁にデカデカと」



壁に吊り下げられている掲示板にこう書かれている。



【冒険者ギルドの心得】

①マナーを守って楽しく

②他の冒険者に迷惑は掛けない

③暴力厳禁

④受付嬢へのセクハラ禁止

⑤ナンパなど勧誘は固く禁じる


これからが守れない場合、追放処分とする。

ギルドマスター『アームストロング』より。



「……そ、それがどうした!」

「それがどうした? 店のルールも守れないヤツは出ていきやがれください!!」


正直、ビビりな俺だが先輩を守るという思いだけで叫んだ。これで男は去ってくれるだろう――そう思っていたの、だが。



「執事の分際でうるせぇんだよォ!!」



拳が俺の顔面に迫っていた。

な……ウソだろ。


やべ、こんな至近距離では殴られ――!!


俺はアザが出来るくらいは覚悟していた。……でもいいんだ、先輩を守れるなら安い一発だ。


目を閉じ、身構えているとギリギリで拳は止まった。



「……ん?」



再びまぶたを開けると……。



「ちょっとちょっと、暴力はいけないよ」



なんと九十九さんが男の拳を素手で止めていたんだ。すっげぇ……あんなギリギリで。おかげで助かった。



「な、なんだよ……女」

「ちょっと交番へ行こうか」

「ふ……ふざけるな! ちょっと美人だからって図に乗るんじゃねえ!!」



ブチギレた男は、九十九さんに襲い掛かる。また殴ろうとして……いくらなんでも短気というか沸点低すぎだろ。


だが、九十九さんは素早い動きで拳を繰り出した。



ブンッ!!!



そんな切り裂くような音が男の鼻スレスレで止まった。……す、すげぇ。ソニックブームが起きていたぞ。



「これでも私、八極拳の使い手なんだよね」

「う、う、うあぁぁぁぁぁ!!!」



男はついに逃げ出した。



「「「「「おおおおおおおおッ!!!!!」」」」」



店内から歓声が上がり、九十九さんが大絶賛されていた。



「助かった。先輩、大丈夫です?」

「うん。九十九さんカッコ良すぎでしょ! でも、愁くんが一番にわたしを守ってくれたもん。ありがとう」


先輩が抱きついてきた。

これを見られたらまずい気がする。

いや、お客さんは九十九さんに注目していた。彼女をたたえ、敬い、大盛り上がり。これならバレないか。



「先輩、俺……」

「愁くん、いつもわたしを守ってくれるね」

「そ、それは当たり前です。恋人ですから……恋人のふりですけど」

「そうだね。……でも本当の恋人がいいな」


「え! 先輩!?」


「……ぁ。な、なんでもないからね! ごめんね!」



――今、先輩の本音を聞けた気がする。

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