屋上殺人未遂事件

お腹は満たされた。

先輩と一緒に弁当を食べ、今はゆったりとした時間が流れていた。


「とても美味しかったですよ、先輩」

「それは良かった。また作るね」

「いいんですか。楽しみにしておきますね」

「うん、期待しておいて」


こうして一緒に過ごせるだけでも楽しいのに、お弁当まで作ってくれるようになるなんて……これはもう立派な恋人じゃないか。


そう確信していると、屋上の扉が乱暴に開いて――誰かやってきた。ま、まさかさっきの古都音って女子かな。


振り向くとそこには……。



「秋永ァ!!」



俺の名を叫ぶ男子がいた。

あの背の高いピアスをつけているチャラ男は間違いない。この前格闘の末に勝手に自爆した――。



「……牧田!」


「この前はよくもやってくれたな!!」

「いやいや、俺は何もしてないし。お前が勝手に壁に激突したんだ」


「うるせぇ! それより……なんだ、昨日は散々探したんだぞ。学校サボって柚先輩とコスプレしてたのか?」



にらみつつ俺の方へ向かって来る牧田。まだ懲りていないのか。



「お前に話す義理なんてないよ」

「そうだな。だが、SNSは正直だ。ツブヤイターではお前と柚先輩の情報が投稿されていた。聞かせろ……付き合っているのか?」


「だったらなんだ。牧田、お前には関係ない」

「関係……ない、だと? 大ありさ! この俺は柚先輩が好きなんだからな!! この半年ずっと彼女を追っ掛けていた」


「な、なんだって……」



まさか、先輩のつきまといって――!

思えばコイツはしつこかった。

悪態を散々ついていたし、先輩に対する執念が凄かった。そうか、答えは簡単だったんだ。


コイツこそ犯人だ。



「愁くん。あの人、また……」

「大丈夫です。先輩のことは俺が守ります。それに、アイツはケンカがクソ弱いですからね。雑魚ですよ」


「でも……」



俺の後ろで小さくなって震える先輩。これほど恐怖しているってことは、多分そうなんだろうな。

先輩は健気でか弱いから……怖かったんだろうな。



「牧田! もう先輩につきまとうのは止めろ!」

「止めろぉ? 俺は誰の指図も受けねえ!! 欲しいものは実力で奪う!」


「でも、お前弱いじゃん」


「うるせえええええええええ!!」



煽ると牧田は逆上した。

ブチギレでふところいじっていた。


な、なんだ……?


警戒していると牧田はとんでもないモノを取り出した。




「お前……それ」

「フハハ……この前は素手だったが、今日は違う。一昔前の不良漫画を見て思いついたんだ」



牧田の手にはバタフライナイフが握られていた。今時、そんな折り畳みナイフを所持しているヤツいるのかよ。てか、銃刀法違反だろ!!


チャキチャキと器用にバタフライナイフを展開する牧田は、武器を構えた。



武器ありとか卑怯だぞ。

これは……まずいな。


いくら回避力のある俺とはいえ、あんなナイフを振り回されたら出血くらいはする。下手すりゃ刺されて死ぬ。



「……っ!」

「ダメ! 愁くん、相手は凶器を持っているんだから戦っちゃダメよ」



先輩が俺の腕を引っ張る。

至極当然だ。けれど、それでも俺は逃げるなんてダサい真似はしたくなかった。


そうだ、俺はふり・・であろうと恋人として先輩を全力で守る。それが俺の信念だ。



「先輩、俺に何かあったら全力で逃げてください」

「愁くん……!」

「大丈夫です。ヤツのケンカはあまりに脆弱ぜいじゃく。雑魚中の雑魚です」



俺は一歩前へ。

凶器を持つ牧田と対峙たいじした。



「ほ~? このナイフを持った俺をやろうってのか!」

「お前の攻撃はショボイって知っているんだ。余裕さ」

「なら死ね! 秋永、お前はズタズタに引き裂いてやるッ!!」



雄叫びをあげて突っ込んでくる牧田。コイツ……シンプルに刃を向けてきやがった。だけど!!


俺は会得していた護身術で牧田の腕を掴んだ。



「……ッ!!」

「な、なんだと!!」


「親父から習っておいて良かったぜ」

「秋永、お前!! 手を離せ!!」

「離すか馬鹿!」



俺の手を解こうとブンブンと抵抗する牧田だが、俺は力いっぱい握った。自慢じゃないが、握力はそこそこあるぞ。



「ぐあぁぁぁ……」



牧田の腕がミシミシときしむ。

これで取り押さえて――そう思った矢先だった。牧田は右手からナイフを落とし、左手の方へ持ち直した。なんて器用な真似を!!


その瞬間、牧田の左手からナイフが迫ってきた。……やべぇ!!


刃が俺の腹部を貫こうとした――。



「…………ッ」



……あぁ、走馬灯が見える。

俺はここで死ぬんだなって思った。



なんてな!!



俺は諦めない。

先輩との生活をずっと続けたい。

こんなところで死ぬわけにはいかないんだ。


いつか……出来れば卒業するまでに先輩に告白してやるんだ。だから死ねない。こんな殺人鬼にやられてなるものか。


俺は、親父の言葉を思い出していた。



『いいか、愁。人間は脳の10%しか使っていないらしい。つまりあと90%は力を引き出せる余力があるんだ。人間に限界はないということだ。だから考えるのを止めるな。守りたいものがあるときは全力で守れ』



つまり、俺の体はまだ動けるってことさ!

なるべくナイフが刺さらないように体を後ろへ捻り、だけど間に合わないから俺は手を伸ばした。



「秋永……貴様ッ!!」

「あっぶねぇ!!」



ナイフが腹部を貫く寸前で、俺は刃を握った。なんとか間に合ったな。……手が裂けたけどな。



「……クソッ、秋永!! お前はァ!!」



直後、屋上の向こうから古都音という女子と複数の先生が走ってやってきた。



「あそこです! あの場所でナイフを振り回している生徒がいました!!」



そうか、古都音は異常事態に気づいて先生を呼んできてくれたんだ。……助かった。



体育系の先生に確保された牧田は、どこかへ連行された。


俺は先輩に付き添ってもらい保健室へ。

なんとか死なずに済んだな……。

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