第6話

怖い顔だ。


真木から話があると告げられてきた。

待ち合わせ場所の喫茶店の扉を開くと、窓側の席に先に彼は来ていた。着席して数分もしないうちに、彼が僕を睨みつける様に真っ直ぐ見て来る。


「何か、あったの?」

「貴方に聞きたい事があります」

「久々に2人で会えたんだから、もう少し肩の力をを抜いて欲しいな」


真木は眉間に皺を寄せて、何処か悔しそうな表情をしていた。僕は紅茶を注文したが真木は何も飲みたく無いと言った。


「何故僕を追う払おうとしないんですか?」

「何の話し?」

「ジュートさんと関係を持っている事です。ナツトさんはどうして僕を毛嫌いしないのか、知りたいんです」

「見つからないんだよ」

「え?」

「真木を嫌いになる理由が。寧ろ好きなんだよ」

「其れを教えて欲しいんです」

「確かに世間体では浮気だの愛人だのって話になるけど、彼が君を受け入れている訳が分かるんだ」

「どの様なところですか?」

「人として知性が備わっている。あと、繊細だけど愛を持って接してくれる。」

「ならば、僕もジュートさんと一緒になれなくは無い。率直に言いますが、彼の人と別れていただきたい」

「理由が無いよ。例え別れても彼の方から戻ってくる」

「どうして…?」

「家族だから」

「家族?」

「うん。彼は身寄りが無いだろう?もし他の人の所に行ったとしても、価値観が釣り合わないと考えて別れるに違いない」

「それは、お二人が長年連れ添っているから、わかる事なんですか?」

「家族ってさ、結束力が強ければ強いほど、一丸となって何かを守ろうとするでしょ?ローズバインで一緒に働いてきた仲だから、余計お互いの意識が強いんだと思う。お互いに無いものを持っているし、それが支えになる時もあるから。」

「僕には其れらが足らないから、彼の人とは一緒になれないのか?」

「ねぇ、真木。君は駆け引きが苦手だろう?」

「えぇ。相手の心理を読むのが昔から得意では無い方で…」

「無理して別れろとか、奪いたいとか考えてもしょうがないよ」

「敵わないって事ですか?」

「そう後ろめたさに浸らないで。僕は君を信じているんだ」

「信じる?」

「もっと言うなら、僕らの関係は崩さなくても良いんじゃないかな?」

「その考え方なんです。納得が行きません。」

「ただの嫉妬心が強いだけなんだね」


注文した紅茶を啜り、皿に置いた。


「同じ事を何度聞かれても返す言葉は同じだよ。」

「僕は完璧な人間ではないけど、一番好きな人を大事に想う事は悪いですか?」

「真面目、なんだね。ジュートも君の其処が好きなんだよ」

「ナツトさんは僕がこの先も彼の人と会っていても、離れはさせないと?」

「長い目で見ていくよ。僕等の為だ」

「僕の永遠の課題になりそうだ」

「一途で良いよね。だから心地が良い。」

「貴方の方が心が広過ぎます。…喉が渇いた。紅茶にしようかな?」


多少は観念したのか、彼は素直に飲み物を頼んでいた。


「敵意を剥き出しにする事も無いよ。自分に無理しないで」

「僕もしぶといですよ」

「うん。知ってる。」

「もしかして楽しんでますか?」

「そう顔に出やすいねって言われるけど、誤解されやすいんだ。君の事はきちんと聞いているよ」

「其れなら良いですけど、またお話しがしたいです。」


真木はそう言って紅茶を半分くらい飲んだところで、会計票を持ち、店を出た。


暫くしてから、店を出て電車に揺られながら思い出した。

そういえばジュートは会社の会合で遅くなると言っていた。大塚駅の行きつけの洋食屋で夕飯を済ませて、自宅に帰って来た。

数十分後に彼も帰って来た。時間差でお互いに浴室でシャワーを浴びて、居間の畳の上で寝転がっていると、彼がわざと僕の身体に布団の敷布を被せてきた。戯れ合う様に布団に絡まっていると、止めなさいと叱られた。

布団を整えて敷き、照明を消して中に入ると、彼が無言で僕の布団に入ってきた。


「今日誰と会っていたんだ?」

「真木だよ。宣戦布告されたんだ」

「何で?」

「僕等を別れさせたいって言われた」

「それは本気じゃ無いから、気にしなくて良い」

「そうだと良いけど」

「お前はどうしたい?」

「彼には抵抗しないよ。でも、ジュートの傍に居るのは、何があっても変わらないから」


僕もある意味、怖い人間だ。

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