第29話 『一蓮托生~蓮華の下で結ばれて~』の裏話 その2 『墨田ホープ』の人々の話

 今回は追加キャラクター、大口おおぐち徳之介とくのすけと彼の店『墨田すみだホープ』の人々の話をしよう。本編のネタバレがあることをご了承いただきたい。


 大口徳之介と彼の店『墨田ホープ』はもともと、『一蓮托生いちれんたくしょう』の続編として構想していた横澤よこざわ康史郎こうしろうの物語に登場させようとしていた。ボーイとして働くキャバレー『墨田ホープ』で、店長の大口に気に入られた康史郎が、のれん分けをして自分の店を開くという筋書きだ。

 大口徳之介は商売人としてのカリスマやはったりを持ってるが、妻子をこよなく愛する一途さも持っている。シベリア抑留からの帰還兵という設定にしたのは、米国で捕虜になっていた京極きょうごくたかしとの対比だが、芝原しばはらあおいの身投げを止めるシーンなどで、生命の大切さを身をもって知っていることを示したかったからだ。

 大口徳之介の妻、ハナエはかつて浅草のカフェーの看板娘で、常連客からストーカーになった日下くさかとおるに絡まれているところを、やはり常連客だった徳之介に助けられて結婚したという設定だ。カフェーで働いていたことからあまり裕福な家の出身ではないだろうと、名前は分かりやすいカタカナにした。

 娘ののぞみは『一蓮托生』にはいなかった幼児キャラだ。出征中だった徳之介が男女どちらにも付けられる名前ということで、『墨田ホープ』から命名した。『一蓮托生~蓮華れんげの下で結ばれて~』のラストで生まれた次女の名前は、平和の世が続くように徳之介が「和世かずよ」と名付けたという設定があったが、本編で披露する機会はなかった。

 戦後すぐはベビーブームでもあり、かつらたちの周りにも子どもが溢れていただろうが、『一蓮托生』では語れなかった部分だったので、場を和ませるためにも出せて良かった。

 大口徳之介とハナエの仲人でもあり、喫茶店の開店資金を融通した萩谷はぎや政九郎せいくろうは、かつてハナエが働いていた浅草『萩谷カフェー』の経営者だった。徳之介の実家は裕福だが、ハナエとの結婚を反対され勘当状態のため、萩谷に頼るしかなかったのだ。この設定は本編で披露する機会はなかった。

 萩谷も大口一家を親戚のようにかわいがっており、望は「おじいちゃん」と呼んでなついている。個人的にだが、萩谷の声優は安原義人をイメージしていた。


 カフェー『墨田ホープ』は徳之介の出征をきっかけに閉店したが、戦後はハナエが焼け残った自宅を改装して酒場として営業していた。ここに身を寄せていたのがかつて店員だったシングルマザーの丹後たんご育美いくみと息子のろん、かつらの幼なじみで、朝鮮から引き揚げてきたかしわ憲子のりこである。

 論の父親は進駐軍の兵士「ロナルド・グランド」だが、米国に帰国したため連絡も取れない。せめて手がかりになればと父親の愛称「ロン」から育美が名付けたことは本編で語ったとおりだ。新聞を読むなど社会情勢にも敏感で、進駐軍相手に働いていたことから、英語もある程度できる。かつらは当初とっつきにくく感じるが、懐の深い女性である。

 柏憲子の設定も二転三転した。朝鮮から引き揚げてきたという設定になったのは、かつて二次創作で朝鮮戦争をテーマにしたことから、当時の引き上げ状況を多少知っていたからだ。かつらにとっては一足先に大人になった友人である。過酷な経験をしており、かつらにも引け目を感じているが、戦災孤児のリュウに寄り添うシーンなどで、彼女なりに乗り越えてきたことを語りたかった。

 大口徳之介に助けられ、後に家出してきた十七歳の葵が、酒場で働くのはまずいと考えていたが、『一蓮托生~蓮華の下で結ばれて~』執筆準備中に、昭和二十二年の『飲食営業緊急措置令』という法律で酒を出せなくなったキャバレーなどが、代わりにコーヒーを出していたということをネットで知り、喫茶店に商売替えするということで葵も働けるようにした。


 かつて『桜散り、柳芽吹く』で康史郎があの世に旅立ったことで、『一蓮托生』の登場人物は(名前のみ出たあかり以外)全員鬼籍に入ったと語ったが、『一蓮托生~蓮華の下で結ばれて~』で追加された大口望、和世の姉妹と丹後論は健在という設定になっている。いずれ現在の彼らを語る機会もあるだろう。


 次回は倉上くらかみ義巳よしみ等のエピソードを語りたい。

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