第29話 学級対抗リレー

 染野裕樹



「位置について、よーい」


 ーーーパン。

 スターターの合図によって、会場はより一層盛り上がりを見せていた。しかし、あちこちで声援が飛び交う中で1人だけ僕を睨む生徒がいる。


「お、おい…どういうことだよ」


 その当人である白江は僕に質問をしてきたが、僕もやじさんから詳しい説明をされていないためそれに答えることはできない。でもやじさんに説明をされていなくても、何となくその答えはわかっていた。


「ん? ああ、結局走順を入れ替えることになったんだよね」


 白江の質問に簡潔に答えて、僕はレースの様子を見守っていた。

 最終的には7走者目にやじさん、8走者目が僕、9走者目が西宮さん、10走者目が小林さんになった。この変更と白江の反応から察するに、やっぱり真犯人は白江だったという事なんだろう。


「一体誰が替えたんだ? 答えろ」


「さぁ、僕は詳しい話を知らないんだ。でも、白江くんの計画はもう叶わないみたいよ」


 そう言ってから、漫画の主人公みたいなセリフだと思っていた。もしこの一件が漫画になったとして、主人公になるのはきっとやじさんだ。でも、彼はそれを望まないだろう。

 僕はそんなことを考えつつ、順番を待つやじさんの方に目を向けた。いつも以上に真剣なその顔付きは、バレーをやっていた時と同じに見える。それに懐かしさを感じつつ、僕はまた白江の方を睨んだ。


「ふっ、まぁいい。こういうこともあるかと思ってな、7走者目は島田にしてあるんだ。島田があんなメガネに負けるわけないし…こうなったら西宮の奴を潰してやる」


「それも無理だと思うよ」


 やじさんのことだ。どうせ島田くんには勝つのだろう。だったら僕は…。


「は? どういうことだ」


「そもそも、君が僕に勝てるわけがないだろう?」


 僕はやじさんの為に、やじさんを主人公にはさせない。そうすれば、少しでもやじさんにかかる火の粉が少なくなると、そう思ったのだ。







 姫野彩花ひめのあやか



 待ちに待った体育祭も終盤に差し掛かって、学級対抗リレーが始まった。でも…何で私の後が矢島くんなんだろう。小林さんだから安心してたのに…。

 小林さんは男子と比較しても上位に入るくらい足が速い。だから私は、少しだけ安心していたのだ。


(私は遅いけど小林さんが何とかしてくれるって思ってたのに…)


 そんなことを考えていると、後ろにいる染野くんたちの会話が断片的に聞こえて来た。


「ーーーこうなったら西宮の奴を潰してやる」


 他の会話はあまり聞こえなかったけど、その言葉だけははっきりと私の耳に届いていた。白江くんが発したあまりにも刺激的な発言に、私は動揺する気持ちを抑えられない。


(どういう意味…。西宮さんを…潰す?)


 発言の意図が理解できず混乱していると、いつの間にか私に順番が回って来ていた。他のことを考えていた為、私はいつもより一瞬だけ出遅れてしまう。


「姫野さんっ! 走って!」


「っ…⁉︎」


 誰かにそう言われて無意識に走り出す。しかし私は、バトンを受け取った後も頭の中では先ほどの言葉の意味を考えていた。だからだろうか、いつもより足は重く、練習の時よりも順位が下がってしまったのだ。受け取った時は1位だったはずなのに、今では3位になっていた。


(駄目だ…私のせいで負けちゃうよ)


 2位の子に何とかくらいつこうと必死になって走ったけど、手が届きそうだったその背中は無常にも私から遠ざかっていく。2回目のコーナーを曲がって、ようやく矢島くんの姿が見えた。


「姫野さんっ! 大丈夫、頑張って‼︎」


 矢島くんが大きな声でそう言うのが聞こえた。


(頑張らなきゃ…)


 私は最後の力を振り絞って懸命に足を動かす。周りから見れば不恰好な走りかも知れないけど、そんなことは今更気にならなかった。


「ーーーはぁはぁ…矢島くんっ! はしっ、走ってっ‼︎」


 私がそう言っても、矢島くんは走らずにこちらを見ている。聞こえていないのかと思い、もう一度声をかけたけど、それでも彼は走らなかった。結局矢島くんが走り始めたのは、私との距離が2mくらい近くなった時だ。私の様子を伺いながら走る矢島くんを見れば、彼がすごく気を遣ってくれているのがわかった。


「はっハイッ‼︎」


「ありがとう、良い走りだったよ」


 バトンを受け取る時、矢島くんは笑顔でそう言ってくれた。多分、初めて彼の笑顔を見た気がする。

 矢島くんは私が想像していた以上に速くて、バトンを受け取ってたから1秒もしないで2位の子を抜き去ると、あっという間に3組と並んで1位になっていた。


 

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修学旅行の夜、始まりは街灯の下で(仮) かさた @1572kasata

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