第23話 2人の距離感

 矢島冬夜



 時間が経つにつれ、騒々しい施設内は落ち着きを取り戻し、楽しかった時間も気が付けば終わりに近付いていた。一日という長い様で短い時間はあっという間で、時刻はもう間もなく18時になる。


 秋の足音が聞こえ始める9月。日が沈むのも段々と早くなり、夏の終わりを日に日に実感する。

 暗くなる前に帰宅するために、俺と西宮は既に帰路に就いていた。2人とも徒歩で高校に通っているので、自宅からの最寄駅は一緒である。


「これ、あげるね」


 西宮を自宅へ送っている最中、少し緊張した様子で彼女が小包を差し出す。

 いつの間に買ったんだ、と疑問に思ったが、俺が髪を切っている間に買ったのだろうと気付き、その疑問も泡の様に消えていた。


「これ、開けても良いか?」


「うん」


 女性からの贈り物は、母さんや姉さんを除けば初めてのことであり、少し緊張してしまう。

 丁寧に包装されている小包を慎重に開くと、中には木製の眼鏡ケースが入っていた。軽くて丈夫だが、形が少しだけ湾曲していてオシャレな作りをしている。開いてみると、中は肌触りの良い紅色の生地が施されており、高級感すら感じる俺好みのものだった。

 よく見れば、小包には俺が眼鏡を買ったお店と同じ店名が記載されている。


「これ…もしかして、俺が眼鏡を買ってる間に選んだのか?」


「ううん、違う。本当に偶然、あのお店で予約してたの。初めは眼鏡を買ってあげようと思ったんだけど、流石に度数が分からなくって…」


「それはまぁ、そうだよな。ありがとう、大切に使うよ」


 そう言って俺は、もう一度西宮がくれた眼鏡ケースに視線を落とす。すると、その背面に何かが掘られているのに気が付いた。


「矢島冬夜って…え、これ、掘ってある…よな? 西宮…これってまさか」


「うん、オーダーメイドだよ」


 やっと気付いたか、と言いたげな様子で胸を張った西宮は、腰に手を当ててしたり顔をしている。

 確かにオーダーメイドで作ってくれたことはすごく嬉しい。でも、どうして西宮がそこまでしてくれるのか、俺には分からなかった。


「なぁ西宮、申し訳ないけどさ。俺…正直、西宮にこんなにしてもらえる理由が見当たらないんだけど。理由…聞いても良いか?」


「駄目、冬夜は知らなくて良いの。どうせ言っても、そんなの当たり前だろ、とか言うんだから」


「いや、そんなことないと思うけど」


 それを聞いた西宮は、信じられない、と言いたげな目を俺に向けている。…別に変なことを言ったつもりは無いのだが。


「じゃあさ、私が何度も冬夜に助けられてるって言ったら、信じる?」


「それは…記憶にないけど」


「ほらそういうこと、ね?」


「そうか…。うん…まぁ、そうなるのか」


 西宮にそう言われ、俺は渋々納得をする。発言から察すると、俺は何度も西宮を助けていたらしい。覚えていないということは、当たり前のようにやっていた何かが、結果的に西宮を助けていたのかも知れない。


「んーそれより冬夜は、私にどんなお礼をしてくれるの?」


 俺を試しているのか、揶揄うようにそう言われ、お昼ご飯前の会話を思い出す。確かに今度お礼をすると言ったが、これだけ色んなことをされてしまうと、どんなお礼をすれば良いのか俺には分からなかった。


「出来る範囲で何かしてあげたい、と思ってるけど…」


「私は何でも良いよ?」


「そうか…じゃあ、もしも西宮に悩み事があったら力になるよ。…何かない?」


 今日は西宮の様子がおかしかったので、そう訪ねてみる。それと同時に、俺はあの日の出来事を思い出していた。修学旅行2日目の夜。コンビニの帰り道で俺と西宮が出会った時、多分西宮は俺に嘘をついていた。


 足の怪我や鹿に襲われたというのは本当のことなのだろうか。もし嘘なら、どうして嘘をついたのだろうか。俺に関係のないことかもしれないのに、ついそんなことばかりが気になってしまう。本当に、面倒な奴だ。


「あるにはあるんだけど…また冬夜に迷惑かけちゃうから。せっかく冬夜と仲良くなれたのに…だから、迷惑かけたく無いの」


 やはり、西宮は何か悩み事を抱えているようだった。それが修学旅行の一件と関係があるのか分からないが、少なくともその悩みのせいで、今日の西宮は様子がおかしかったのだろう。


「姉さんが昔、結婚したら愛してるとか好きって言われるよりも、一緒にご飯行こうって言われる方が嬉しいって言ってたんだ」


 俺は唐突に昔話を始めた。その意味を測りかねているのか、西宮は少し俯いて無言で話を聞いている。


「初めは意味わかんなくて、何でって聞いたら、口先よりも行動してくれた方が、想いが伝わるからって言ってたんだよね。それ聞いて、俺も確かにそうだなぁって思ってさ」


「そう…かもしれないね」


「うん。だから俺は、せっかく仲良くなれたなら、頼って欲しいんだ。迷惑かけてくれた方が、信頼されてるなって感じるよ。友達だろって言われるより、相談に乗ってって頼られる方が、俺は嬉しいよ」


 小さい頃から姉さんと過ごすことが多かったので、俺の中では姉さんが人生の教科書だった。姉さんがくれたたくさんの言葉は、今でも俺を助けてくれている。


「あり……がぁっ…っ……うぅ」


 気が付けば、西宮の大きな瞳には水溜りができていた。彼女の泣き声は声になっておらず、自然と流れ落ちる涙を抑えようとして、手で何度も目のあたりを拭っている。


 数分が経過して、ようやっと西宮が泣き止んだ頃。涙で濡れていた顔を上げて、西宮が口を開いた。


「あ…ありがとう、冬夜。なんか、頑張って隠そうとしてた私が馬鹿みたいだね…。ねぇ、どうして冬夜は私が悩んでるって気付いたの?」


「…人の顔色を伺いながら生きてきた…から?」


「ふっ、ふふっ変なの。なんかね、私…今すごく胸が温かいの。誰かに助けてもらえるって…すごく温かいことなんだね。……ねぇ冬夜、少し相談…乗ってくれる?」


「うん、喜んで」


 埋まりそうで埋まらなかった、2人の距離感。それが埋まった瞬間、2人の関係はさらに深まるのだった。

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