第22話 お昼ご飯と買い物
絶え間なく騒々しい施設内は、流れている陽気なBGMが殆ど意味を成していない。今日は日曜日ということもあり、施設内の何処を見ても多くの人が行き交っていた。
大型のショッピングモールなので、通路はそれなりに広々としている。しかし、人とすれ違うたびに多少気を使わなければならないほど、周りの人と距離感が近い。
そんな人混み中、美優は急いで美容室に戻っていた。
やっとの思いで目的地に辿り着き、冬夜を探す。しかし、彼は周囲の人よりも異様に目立っていて、美優が探すまでもなく見つけることができた。
美優の視線の先に映る冬夜の姿は、見慣れないものになっている。髪型が変わっただけで全くの別人に思えるのが、美優には不思議で仕方がなかった。
「お待たせ、だいぶスッキリしたね?」
美優は何も知らない振りをして冬夜に声を掛ける。そして冬夜も、何も知らない振りをしてそれに応えた。
「うん、凄く良い感じだよ。ありがとう」
そう言って見せた冬夜の笑顔は、タクシーの中で美優が見たそれとは大きく異なるものだ。無理をしていない、自然と出た笑顔。冬夜のために準備をした美優にとって、それを見れたことがとても嬉しいことだった。しかし、嬉しさと同時に、苦しいとさえ感じる胸の高鳴りが美優を襲っている。
冬夜といると否が応でも感じてしまう胸の痛み。その正体が、美優にはわからなかった。
(私、どうしたんだろう…)
それは美優にとって初めての経験であり、彼女が不安に感じてしまうのも当然である。
「どうかした?」
何も言わず黙り込んでいる美優を見て、冬夜が心配そうに彼女の顔を覗き込んだ。しかしそれは逆効果で、不意に現れた冬夜の顔により、美優の心拍数はさらに増すばかりである。
「っ⁉︎ ご、ごめん…何でもない。それじゃあ、行こっか」
美優は何度も首を左右に振り、頬を赤らめた様子で次の目的地に向かった。
(やっぱり、何かあったのかな…)
そんな美優の様子を見て、冬夜は少し不安を感じるのだった。
矢島冬夜
西宮と合流した後、俺たちはお昼ご飯を食べに、西宮の提案で「Berry farm cafe」に来ていた。先ほど美容師の佐々木さんに教えてもらったお店である。
「ここ、知ってたんだ?」
俺がこのカフェを知っていることが意外だったのか、驚いた様子の西宮が目を丸くしていた。今日の西宮は、表情に感情がよく現れているような気がする。彼女の一挙一動が学校で見るそれとは大きく異なる為、俺は何だか新鮮な気持ちになっていた。
「知ってたっていうかさっき知ったんだよね。佐々木さんにこれ、もらったから」
俺はそう言って西宮に無料券を差し出したが、その後の彼女の反応を見て、その行動は失敗だったと後悔をする。
俺が無料券を見せた後、西宮は赤面した顔を隠すように、両手で顔全体を覆ってしまった。そして、指の隙間から琥珀色の大きな瞳を覗かせ、「…全部聞いたの?」と言った彼女の声は、恥ずかしさからか少し震えてような気がする。
黙っていようと思っていたのだが、俺の考えている以上に西宮の勘が鋭かった。嘘をつく方が余計に傷付けると考えた俺は、正直に謝ることにする。
「うん…ごめん。この髪型のこととか、少しだけ聞いちゃった」
正直に謝ると、西宮は「別に冬夜のせいじゃないから謝らないで」と言って、苦笑をしている。
人と関わりが少なくて経験の少ない俺は、今の西宮に、どんな言葉を掛ければ良いのか分からなかった。
「はぁ…まぁしょうがないか。私が口止めしなかったんだし。詰めが甘かったかぁ〜」
数秒してそう言った西宮は、今度はちゃんとした笑顔を見せる。俺が煩っている間に、彼女は既に開き直っていた。その様子を見て少しだけ安堵し、お昼は奢ろう、と心の中で決心をする。
「ま、近いうちにお礼するから期待しててくれ。とりあえず謝罪も込めて、今日のお昼は俺が奢るよ」
「ふふっ。お礼のお礼って…なんか変な感じだね? うん、じゃあ…お昼はお言葉に甘えとく」
「え、やけに素直だな…。てっきり拒否られると思ったんだけど」
意外だな、と思ってそう言うと、西宮が不敵な笑みを浮かべていた。
「だって、素直な方が可愛い…でしょ?」
「…ノーコメントで」
「あははっ。え〜冬夜の意気地なしぃー。答えてよぉー」
「…嫌だ」
そんな会話をしながらも、俺たちはお昼を食べるためにカフェに入った。
西宮美優
お昼を食べた後は、冬夜の新しい眼鏡を買いに行った。
「学校で使ってる黒縁眼鏡…シンプルで結構気に入ってるんだけど、少し度が合わなくなって買い換えたかったんだ」
そう言っていた冬夜は、真剣な面持ちで眼鏡を選んでいる。私はそんな冬夜の顔を横目で見ながら、眼鏡選びに協力していた。
入店してから30分ほど時間をかけてデザインを選び、視力検査の後に冬夜の新しい眼鏡が完成する。
「ど、どんな感じ?」
冬夜が選んだ眼鏡は、私が勧めたデザインのものだった。使用感や機能性で選んだわけではないので、その使い心地がつい気になってしまう。
「おぉ、よく見えるよ。しかも、軽くて気にならない。デザインは俺好みだし…何と言っても西宮のお墨付きだから、これなら大丈夫そうだ。どう、似合ってる?」
「うん…凄く似合ってる」
面と向かって言うのは何だか照れるけど、言われている冬夜も、頬を染めて照れているのでお互い様だ。
私が選んだのは丸くて上下幅の広いボストン型の眼鏡。リム(レンズを支えている部分)部分とブリッジ(左右のリムを繋いでる部分)部分は黒色、テンプル(耳にかける部分)部分の色はダークブラウンで木材の様なデザインになっている。
「黒縁眼鏡が気に入っていた」と冬夜が言っていたので、暗い色の中でもオシャレなものを選んでみた。
「あ…ありがとう。お金払ってくるから、少し待ってて」
「う、うん」
冬夜は私を待たせない為か、慌てて店員さんがいる方向に走っていく。私はそれを見てから、冬夜に気付かれないよう別の店員さんに声をかけた。
「あの…すみません。頼んでいたーーーーをください」
「はい。お客様、こちらのーーーーでよろしいですか?」
「はい、ありがとうございます」
無事、冬夜が戻る前に目的を果たした私は、対応してくれた店員さんに感謝を伝えた。冬夜がどんな反応をするのか…想像をしただけで、つい口元が緩んでしまう。
(これ、いつ渡そう。冬夜…喜んでくれるかな)
私はそんな風に思いつつ、冬夜が戻るのを待っていた。今の私は、緩んだ口元を引き締めるので精一杯だった。
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