第18話 ハプニング

 矢島冬夜



 裕樹の話の途中にも関わらず、体育館の入り口から大きな怒鳴り声が聞こえてきた。驚いてそちらに目をやると、同じクラスの麻野大河とその取り巻き達がいる。

 麻野は一度体育館全体を見渡し、俺と西宮が居る方まで歩いて来た。


「よぉ美優、つまらなそうな自主練してんじゃねぇか。俺が手伝ってやるよ」


「嫌に決まってるでしょ? それに…つまらなくなんてないわよ。あんたとやるより100倍マシ」


 麻野の登場によって和やかなムードは一転し、険悪なムードになっている。周りを見ると、あの裕樹でさえ麻野に対して嫌悪の目を向けていた。


 麻野の見た目は中学の頃より派手になっており、中身はあの頃から少しも変わっていない。自己中心的で、勝ち負けに拘る姿勢が悪いことだとは思わない。決して否定はしないが、そのやり方を好む人は少ないだろう。だから、俺も麻野のことがあまり好きでは無かった。


 俺は静かに麻野と距離を取り、小声で裕樹に話しかけた。


「なぁ裕樹、麻野って…確かバレー部だよな? 仲悪いのか?」


 裕樹は、俺と麻野が知り合いである事実を知らない。別に言う必要もないし、知り合ったきっかけを知れば、裕樹は十中八九麻野にキレるだろう。


「うん…まぁそうだね。勝負に拘りすぎて周りが見えてないって言うか…やり方が汚いって言うか…。何にせよ、あいつらが居ると練習の雰囲気が悪くなるから、嫌ってる人は多いよ。…それよりも僕は、やじさんが麻野の名前を覚えてる方が気になるんだけど?」


「ま、まぁあれだけ悪目立ちしてるとな。西宮や石神より目立つし、嫌でも覚えるさ」


「ふーん、そりゃそうか」


 変に勘の鋭い裕樹にどぎまぎしつつ、視線を麻野の方に向ける。

 裕樹の証言と美優の対応から察するに、麻野たちは男子バレー部と女子バレー部の双方から嫌われているようだ。理由は…まぁ裕樹の発言通り、麻野の素行が悪いせいだろう。


「じゃあこの後どうする? やめるのか?」


「そうするしかないよね。とりあえずこれで自主練は終わりってことに…」


 裕樹が自主練を終わろうとしたその時、ちょっとしたハプニングが起こった。麻野が西宮を殴ろうとしたのだ。どうしてそうなったのか俺には分からない。でも、それを見た俺は身体が咄嗟に動き、西宮の手を引いていた。




 西宮美優


「よぉ美優、つまらなそうな自主練してんじゃねぇか。俺が手伝ってやるよ」


 相変わらず、ムカつく顔で麻野がそう言った。私はこういうタイプの人間が1番嫌いだった。麻野は自己中心的で、自分が中心に居ないと気が済まないタイプだ。


「嫌に決まってるでしょ? それに…つまらなくなんてないわよ。あんたとやるより100倍マシ」


 私がそう言っても、麻野は聞く耳を持ってくれない。冗談だと思っているようだ。修学旅行の時は、「行ってもつまらない」と言って参加をしなかった。てっきり誰かと行動するのが嫌いなのだと思っていたけれど、そうでは無いらしい。


「ったく、よりによってあいつも一緒に自主練とはな」


「…どういうこと?」


「フッ。なーんかムカつく野郎だと思ってたが、プレー見てやっと思い出したぜ。あの矢島とかいう奴、中学時代に俺のチームと対戦するってなって逃げ出したクソ野郎なんだよ。チームの仲間見捨てたんだぜ? 最低だよなぁ?」


 そう言った麻野は、より一層憎たらしい笑顔を浮かべていた。麻野の言っていることが本当なのか嘘なのか、私にはわからない。でも、私が知っている冬夜は、理由もなくそんな事をするはずがない。関わるようになって日は浅いけど、それだけは間違いないと思った。


「冬夜は、自分のことより他人を優先しちゃうお節介で……自分の方が苦しいはずなのに、他人の心配しちゃうくらい優しくて……だから、あんたの言ってることが本当だとしても、私は私の知ってる冬夜を信じてる。…冬夜は凄く良い奴なのよ」


「はぁ? お前何言ってんの?」


「大体、あんたが何かしたんじゃないの? 冬夜の顔は覚えてないのにプレーを覚えてたって事は、それだけ冬夜が上手かったからでしょ? もしかして、冬夜がいると勝てないから先に手回しとかしてたんじゃ……」


 この時の私は冷静じゃ無かった。だからつい熱くなってしまったのだ。

 そして、多分それがいけなかったのだと思う。


 麻野は非常に沸点が低い。少しでも気に食わないことがあると、言葉よりも先に手が出てしまうのだ。

 気が付けば、麻野は強く握りしめた右拳を大きく振りかぶっていた。殴られるーーーそうわかっているのに、身体が強張って咄嗟に動くことができない。


(駄目だ…)


 怖くなって思わず目を瞑ると、私の右手が誰かに強く引かれるのを感じた。それによって私の身体は後ろによろけ、麻野の拳は空を切る。

 突然のことだったので、よろけた勢いそのまま、誰かの身体に後頭部が当たってしまった。


(一体誰が…)


 そう思いながら恐る恐る見上げると、そこには麻野を強く睨む冬夜がいるのだった。

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