第51話 本当の俺

 グッと気温の下がり、夜風が吹いていた。

 バルコニーに出ると、先客がいた。

 ハラヘリーナさん、いやアイザックさんだった。


「で、どうするおつもりなんですか。これから」

「国を出ようと思ってます」

「え?国を出るの??またどうして?」


 あの日、王子の夜のお誘いを拒絶し腕を締め上げてしまい、王の命令によって聖女見習いへと降格され復権は消えた。そりゃそうだよな。

 力のない聖女。

 前王の命令と王子の寵愛で保っていた地位だ。王子を拒絶すれば失うのは、至極もっともな話である。

 お天気王子様。


 ではオーロラへの愛が全く消え失せてしまったのかといえばそうではない。色恋沙汰には疎い俺にもわかる。そう、伝わってくる。

 可愛さ余って憎さ百倍。

 オーロラへの慈しみ注いでいた愛情。拒絶された愛が行き場を失い、絶望して怒りに変わった。


 オーロラはそんな王子の心を奪って、また眠りについてしまった。

 あの夜は確かに俺が眠りにつき、オーロラの魂が目覚めていた。愛しい人と触れ合えたオーロラの喜びをしっかりと覚えている。

 だが、突如彼女の魂は眠りについた。

 あれだけ求め、願っていた王子と結ばれる時に。


「ハラヘリーナさん、いえアイザックさん」

「やだな、ハラヘリーナでいいってば」

「アイザックさん。あなたならもうお気づきなんでしょう。俺がオーロラであって、オーロラでないことを」


 オーロラではなく、俺としてアイザックさんを見つめる。先ほどまで近所のおばちゃんのように笑っていた笑顔がすっと消える。

 短い沈黙の後、「やはりそうでしたか」

「あの青年ですか」


 青年?


「眠りの森でねある夜私は寝付けなくって、森を徘徊してたの。その時見たんです。あなたの屋敷の窓から静かに祈りを捧げる青年の姿を。真っ直ぐに揺らぐことのない静かな祈りを捧げる眉目秀麗な青年の姿を。あれは誰なのだろうかって・・・それがあなたですね」


 答えの代わりに頷く。


「眉目秀麗かはわかりませんが」

「あの青年がなぜ麗しい娘に?」


「俺のいた世界は度重なる戦さに飢饉。多くの人が苦しみ神仏に救いを求めていました。仏師だった俺はそんな人々の祈りに応えようと必死に仏を彫っておりました。しかし、事故に巻き込まれ死に、気がつくとオーロラの姿になっていたのです」


「オーロラの体になっているようだけど、彼女の意思は?」

「魂は消えたのではなく眠っているようでした」

「興味深い話だね」

「しかし昨夜オーロラの魂が目覚めたのです」


 恋焦がれる王子とお互いの想いを確かめ合い、やっと結ばれる。

 その至福の時に彼女はやっと目覚め俺は眠った。

 が。


「しかし王子と結ばれる直前でなぜか俺に戻ったのです」

「ええ?なんで?めっちゃいいとこじゃん!!」


 小さな恋物語にハンカチで目元を拭っていたハラヘリーナさんが叫ぶ。


「いや・・・それもわかりません。ただ俺は気付きました」

 そう、気づいたのだ。

 なぜ死んだはずの俺がオーロラになったのか。そして若く美しい娘がなぜ己の魂を眠らせているのか。


「未開敷蓮華(みかいふれんげ)」


 え?とハラヘリーナさんは首を傾げる。

「仏様が持っている咲きそうな蓮の蕾のことです。如来という高貴な地位が約束されながらも人々を救う為に働く姿を表していると言われております」


 最愛の王子の愛に喜び、目覚めたはずのオーロラがまた眠りにつき俺が現れた。

 何か大きな意思があるような気がしてならない。

 見えない糸をたぐり寄せるように、奈良で仏師をしていた俺が遥か遠い世界のオーロラの元へ呼び出された。

 だから旅に出る。


 仏師である俺ができることは御仏のお力を借りて、人々を救うことだ。使命があるとするならば、今もそして奈良でも同じことだ。

 仏師として人々の心を救いたかった。そしてオーロラは聖女として生きていたのに、蓮の花も咲かせずに何もなし得ていなかった。

 聖女という立場でありながら人々を救うことができなかったオーロラ。

 仏師として人々の心を救いたかったが道半ばで死んだ俺。


 二人の強き想いに仏様が答えてくれたのだ。

 全ては仏様の計いなのだ。

 なんと壮大なお力なのだろう。


「オーロラの体を借りて、御仏を彫り人々を救う。オーロラは俺に自らの体を差し出すことで人々を救う。それが今の俺とオーロラがすべきことなのだと思います。その為国を出ようと思っています」



 

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