第36話 俺の全てを

 

 翌日にグナシはアルベルトの元へ薬師如来を持って行った。

 サワートさんは「息子の回復を祈ってくれている方がいるなんて」と喜んでいたと教えてくれた。


「涙を流して喜んでいたよ。藁にもすがるってきっとああいうことを言うんだろうな」


 アルベルトは素人のグナシから見ても、もう長くはないとわかるほどに痩せほそり、虫の息だった。


「少なくともさ、聖女さんの彫刻でサワートさんの気持ちは救われたと思うぜ」 


 グナシは俺にそう伝える。

 きっとアルベルトの命の期限がもう尽きるのを感じているようだった。


「ありがとう」




 夕食の時だった。


「喜んでもらえたみたいでよかったですねー」


 グナシからの報告をラベンダーに伝えると、手を叩いて喜んでくれた。

 今日のスープはトマトとチキンスープだった。トマトの酸味と柔らかい鶏肉の旨味が口中に広がる。

 たっぷりと盛られたサラダもシャキシャキしていて美味しい。


 久しぶりに仏師として一仕事終えた高揚感からか、ここ数日はどこか気持ちが昂りあまり食事の記憶がなかった。

 おそらく食べてないってことはないだろうが(俺が食事を抜くなんてラベンダーが絶対に許さないだろうし)、食事をした記憶がすっぽりと抜け落ちていた。


「折角だし、これを機にまた再開しようと思ってて。前も言ったかと思うけどこの前の仏像は・・・」

「無償報酬だったんですよね。ふふ、さすが聖女さまですね。人の為に尽くされる姿、とても美しいです」


 褒めてもらえるのはありがたいけど、お金もそろそろ厳しい。

 だから仕事を再開して、また生活費を稼がないとな。


「私、ぶつぞうですか、聖女様の初めて見たんですが・・・」


 どうだっただろうか。やっぱり異世界の住民からしたら奇妙に映っただろうか。


「詳しくはわからないですけど、神々しかったです。静寂の中にある優しげな眼差しが全ての人を慈しんでいるようでした」

「ラベンダー、ありがとうね」


 仏像を知らない人にも、仏の慈悲の心を感じてもらえたようだ。

 その言葉に胸がほっとする。  

 最も、ラベンダーのことだから幾十にも色眼鏡をかけて見ているんだろうけど。


「ハラヘリーナさんも言ってたんです。あの彫刻はまるで聖女さんのようだって」

「私のよう?」


「ええ、野に咲く花のような穏やかさと揺るぎのない強い意志、深い祈りの心、聖女さんの全てが詰まっているようだって」


 あの爺さん、やはり鋭いな。

 その通りだ。

 仏像には俺が今出せる全てを込めて出し切って彫り上げたのだ。

 持ちうる限りの技術と祈りと思いを込めたのだ。

 俺の全てなのだ。


 それを見抜いていたのか。

 侮れない爺さんだ。


「あの仏像を見たとき、私大丈夫なんじゃないかって思ったんですよ」

「何が?」


「あの仏像はきっとアルベルトを救ってくれるって。魔法がなくても大丈夫って思たんです」

 

 魔法がなくても、か。

 この世界では人を救うのは魔法だった。ポーションや聖女の魔力。

 ラベンダーの言葉は気休めのようでもあり、希望のようでもあった。


「そういえばラベンダー、あなたは魔力はあるの?」

「私ですか?まさか。全くございませんっ」


 急に口を尖らせた。

 どうしたのだ?さっきまでニコニコしてたのに。

 感情に忙しい女子だな。


「はー、私にも多少でもいいので魔力の一つでもあったらな。なんの取りえもないので、宮殿で侍女をくらいしかできません」 

「ラベンダーは魔道士に憧れているの?」


「そりゃそうですよ。選ばれし者ですし、お給料もいいですもの。世界三大魔道士の一人は絶世の美女との噂です。なんでも魔力によって老化を防いでいるとか」


 二人しかいないのに声を抑えてこそこそと伝えた。

 なるほど、魔力は尊敬と力なのだな。


「さて世界三大魔道士とは?」

「全てを極めし物です。ヒーラー、戦闘、そして授かりの祝福も極めた魔道士です。その力は一国の軍にも匹敵すると言われてます。それゆえ滅多に人前にでる事はなく姿を見た者はほとんどいないんです」


 ふーん、世界三大魔道士ね。

 いろんな人がいるもんだ。

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