第32話 医療技術

 週末になり、相変わらず4人でお茶会をしていた。

 近所の奥様方の井戸端会議を、よくもまぁあんなに何時間も話せるもんだと思っていたが、こうして人と他愛もないことを話すのも楽しいものだ。

 酒の付き合いもなかった俺には新鮮でもある。


「今日はバナナブレッド焼いてきちゃったーお庭になっているバナナを使ったので、とてもおいしいよ」


 イチゴに林檎にバナナに一体どんな庭なんだ、この爺さん。

 幽閉中に優雅な暮らしができるもんか。

 一度ラベンダーと森を抜けてハラヘリーナさんの家に行こうかと思ったのだが、森には狼やコヨーテもいるので危ないとグナシに止められたのだ。

 謎だらけの爺さんだ。


「あー美味しい!!ハラヘリーナさん、とっても美味です!!」


 ラベンダーはほっぺが落ちないように支えてます!といった感じで頬に手を当てて、うっとりとしている。

 確かにいつもスイーツは宮殿の料理人顔負けの絶品。


「で、オーロラさん。お仕事は今はお休み中なんだっけ?」

「はい、今は注文はお休みしています」

「そうだよね、働き過ぎはよくないからね。あ、この紅茶美味しい」


 焼きたての菓子の香ばしい匂いと、紅茶の香りに包まれて幸せな気持ちになる。


「いやー自分でいうのもなんだけと今日のバナナブレッド天才的。ブレッド食べて紅茶を味わう、永久運動になりそう」


 ハラヘリーナさんの様子にみんなで笑っていたところ、ふとあることに気づく。


「あ、治ってる・・・・」


 さっきまで感じていた、指て手の平の痛みが和らいでいた。と言うよりも、完治していた。


「どうかされました?」

「ほら、私の手見て。傷が治ってるの」

「え?あら本当ですわ。あら、私の手のあかぎれも良くなってます!!」


 自分の手を見たラベンダーが弾んだ声で言う。

 実は先ほど、ちょうどお茶会が始まる前にグナシより軟膏をもらっていた。


 みんなのお茶を沸かそうと、井戸で水を組んでいるとグナシが現れ、木でできた丸い小さな入れ物をくれた。

 受け取って反時計周りにくるくるする。

 中身はどろっとした半透明の液だった。


「軟膏だ」


 はて?なぜ私に?


「ほら、聖女さん手荒れがひどいだろ。手荒れにきく軟膏を軍の医療部からもらってきたんだよ」


 確かに彫刻はお休み中だが、一度にこの身体で酷使しずぎたせいか、治りが悪かった。

 有り難く頂戴して、早速手に塗りテーブルセットをしてくれていたラベンダーにも塗ったのだった。

 それが、もう治っている。

 どれだけ時間が経ったか。


 多く見積もって一刻だ。

 それが、もう完治している。すごい。

 これがこの国の医療技術なのか。俺のいた世界とは比較にならない程進んでいるようだった。


「グナシ、この国の薬はすごいのね、もう完治してる」


 手のひらをグナシに見せると、グナシもまた驚いた様子だった。

 マジかよ?って顔に書いてある。


「さすが軍の軟膏ね。効果が違うわ。たまにはやるじゃんグナシ」

「たまにはよけーだよ」


 そう言いつつ首を傾げる。


「そんな即効性あったっけかな。これ」


 軍の支給品だ。それであれば効能が高いのは当然だろう。

 こんな上等な物をわざわざ俺の為に手配してくれていたのか。

 グナシの心遣いが嬉しかった。


「グナシ、軟膏ありがとう、とても助かりました」


 深々とおじぎをするとグナシは椅子の上でビクッとして、釣られたように背筋を伸ばした。


「いや・・・そんな頭を下げるようなことではないから・・・」

「でも、手荒れはなかなか良くならなくて困っていた。それにグナシの心遣いとても嬉しかった」


 そう笑顔で言うなり、グナシは顔を真っ赤にして「必要な時はまた持ってきま・・・」とモゴモゴ行っていた。

 なんだ、いつものグナシじゃないみたいだな。


 はっ。しまった。

 そうだ、忘れていた。今の俺は傾国の美女。

 そんな美女に真っ直ぐに目を見つめられ笑顔で「ありがとう」なんて言われたら、そりゃ世の中男は平常心ではいられない。

 罪なことをしてしまった。

 ハラヘリーナさんは「若いっていいね」とニコニコと見ていた。

 紅茶を飲んでいたラベンダーが思い出したようにグナシに声をかける。

「そういえば、明日は実家に帰るの?」

「いや、宿舎にいるよ。今は彫刻の依頼もストップさせているし、弟の体調も良くなってきてるからな」


 その一言で場の雰囲気がぱっと和む。

 よかった、グナシの弟君の体調を案じていたが、快調に向かっているなら安心だ。

 俺のいた奈良では一度子供が病に伏すとそのまま亡くなる事が多かった。だからとても心配していたのだ。軟膏といい、この世界の医術はすごい。


「なんか鳥の彫刻もらってから、ペットみたいに可愛がっていて少しずつ外に出るようになって、今ではすっかり外で本物の鳥を追いかけ回しているってよ」」


 その姿を想像して思わず顔が笑顔になる。


 よかった、本当によかった。

 私の作品で誰かの悲しみが癒え、笑顔になるならそんなに嬉しいことはない。


「そういえば、弟だけじゃなく大家さんや注文くれた近所の人もなんか嬉しそうだった」


 大家さんは大広間に二体の彫刻を飾っていたところ、狩猟仲間から見事な作品だ、こんなすごい彫刻を見つけるなど審美眼があると賞賛されたらしい。

 他にも彫刻を店に飾ってから客が増えたパン屋や居間に置いたウサギの彫刻を見て笑顔を取り戻したおばあさんなど、みんな多少なりいいことがあったと評判のようだった。


「弟はすっかり良くなったんだけど、同じ年くらいの男の子で病気の子がいるみたいなんだ」

「病気のこ?」


「そう、彫刻を売った肉屋の主人から聞いたんだけど、どうやら常連客の息子さんが重い病のようでさ。医者に見せたけど、手の施しようがないってさ。今は痛み止めでなんとか凌いでいるんだけど、もう長くないみたいだ。そういう話を聞くと、どうも気持ちが暗くなるよな」


 弟と同年代というのも弟に重なってグナシの心を痛めているようだった。

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