第31話 休息時間


「この手・・・」


 さっきと同じセリフを呟いていた。

 それ以上の言葉がうまく見つからないのだろうか。

 

「彫刻のせいか」

「彫刻のせい、というのはちょっと違うかもしれないけど」

「昔、宮殿にいた頃のあんたの手はお姫様の手そのものだったよ。か弱くて、スプーンより重いものなんてもったことがなかったみたいに」


 奈良では箸より重いものって例えてたけどなと、ちょっとだけ笑ってしまった。


「まあね、ほら毎日のように彫ってたでしょ。それで、ほら道具も男向けだから女の私にはちょっと大きくてね」


 女の私と言葉がすんなり言えた。

 変な感じだが、借り物だったこの身体もそれなりの時間を過ごし角が取れたように馴染んできていた。


「しばらく休憩すっか」

「休憩?」


「そ、彫刻家オーロラはしばらく休業」

「でも、そんなことしたら折角順調に増えている顧客が離れてしまわないかしら?」


「休業っていっても、今いただいている注文は聖女さんが無理じゃなきゃ仕上げてもらう。もちろん納期はちょっと遅らせてな」


 どう?というので、時間をくれるのなら今の分は仕上げることはできると思った。


「じゃ、次からはしばらく注文はなしだな。何、人気ゆえに受注中止なんてちょっとしたプレミア感が逆に出るってもんよ」


 グッと親指を立てている。


「わかったわ」


 でも仕事をしないとなるとグナシは手数料がなくなるので、収入が減ってしまうのではと不安になった。


「俺には兵士の給料があんだ。大丈夫だよ。それにたんまり稼がせてもらったしな。それよりも元聖女さんよ、俺よりも自分の心配をした方がいいぜ。お金がなくて困るのはそっちだろ」


 それなら心配には及ばない。ラベンダーと二人で生活の質を上げつつ、そこそこ貯蓄はしている。それにいざとなればまた働けばいい。

 お金の稼ぐ方法も見つけたし。

 というか、そもそもグナシは兵士だし手数料というなのあれは立派な賄賂だろ。あんなに賄賂もらいまくって大丈夫なのか、あいつは。

 誰かに密告でもされなきゃいいけどな。



「しばらくのお休みも必要ですわ」


 ラベンダーが俺の肩を揉んでくれていた。

 うわっ、超硬いと焦りながら。

 あれから頼まれていた狼と鹿と子犬の彫刻を完成させると俺は休みに入った。


「少し張り切りすぎたわね」

「ご飯なんて私の分を削ればいいじゃないですか。オーロラ様が無理して稼がなくても」


 それは絶対ダメ。ラベンダーと俺は同じものを同だけ食べなくては。

 そういえばここに幽閉されてからというもの、俺はすっかり肉を食べるようになっていた。

 一つは限られた食事で栄養を摂るため。そしてもう一つはこのオーロラの為だ。


 借り物の人様の身体だ。俺の都合で人の身体を傷つけて言い訳はない。

 最もこの体が俺だけのものであれば、もしかしたら拒否していたかもしれない。だが、この身体には眠っている、オーロラの魂が。

 俺はいつか来るのかわからないが、この身体をオーロラに返す時に健康で傷もなく返してあげたい。


 本当にそんな日がくればの話だけど。

 なぜかここにきてからオーロラの魂を感じる事はなかった。

 宮殿にいた時のリース王子への確かな心。

 

 女を知らぬ俺でさえ感じた、いじらしい少女の淡い恋心。

 それを今は感じられずにいた。


 オーロラよ、お主は今どこにいるのだ。

 そしてなぜ、男の俺に身体を渡しているのだ?

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