第21話 若い騎士

 次の日、俺は物置部屋で使えそうな物を探していた。

 お、これは服だ、それも女物。

 パサっと広げると、身丈も合いそうだ。

 使用人の服だったのか、宮殿で着ていた鮮やかな服とは随分と違うがこの方が落ち着いていていい。

 色味だけでなく、丈も短く歩きやすそうだ。

 着替えが必要だったので、ちょうどいい。

 やや黄ばんでるがいいだろう。

 どーせ、誰にも会わないんだし。穴が空いていようが、黄ばんでいようがどうでもいい。

 

 あれ、誰だ?

 服を洗濯しようと、外に出ると男が門の入口に座っていた。

 来客か?って、そんなわけないか。

 良く見ると、昨日先頭を歩いていた騎士だった。


「見回りと警護の為にこれから毎日来るそうです」


 洗濯がひと段落したラベンダーが横にいて、答えた。

 警護というか監視役だろう。  

 俺たちが脱走しないように、とな。

 まあ、逃げるといったって門は外側から閉められているし、そもそも知り合いもいないこの世界でどこへ?ってわけだか。

 


 ここにきて、はや十日。

 ラベンダーは2階の寝室で物置にあった服や靴の修繕をしてくれている。


 暇だな・・・。

 人の見栄思惑、欲望、愛憎が渦巻いていた宮殿の眩しく目が回るような日々に比べるとなんとものんびりした生活。

 今日は天気が良く木の隙間から日があたりぽかぽかと気持ちがいい。程よい静寂と穏やかな自然の音楽が耳に優しい。


 風がざわざわと吹き、鳥の羽ばたく音がして目の前をちょうがひらひらと舞う。どこからかジョボジョボと川のせせらぎが・・・。


 ジョボジョボ?

 なんだ?なんの音だ??

 一体どこからしてるんだ?

 窓の外を覗くと見張りの騎士が門に向かって立ちションをしていた。


「こおらあああああ!!!てめえ!!!!何してんだ!!!」


 気の抜けた顔で呑気に立ちションをしていた騎士はいきなりの怒鳴り声に、我に帰ったかのように周囲を見渡す。

 俺は玄関から飛び出ると門の扉を蹴飛ばし、騎士に詰め寄る。


 騎士は慌ててズボンを整えていた。

 まさか若い女に怒鳴れるとは思ってもなかったようだが、そんなこと知るか。


「おい!!お前ひとんちの門に何してんだよ!!!」

「ひとんちってお前たちの家じゃないだろ・・・」


 怯んだ顔でボソッとつぶやく。

 うるさい!!確かに幽閉先であり、俺の家でもなんでもないが、誰の家だろうかの問題じゃねえんだよ。


「人様の門でしょんべんしてんじゃねーよ」

「それは・・・悪かったよ。まさかお前さんたちが見てるなんて思ってもなくってよ」

「オーロラ様、何事です?」


 現れたラベンダーはそれはそれは怖かった。

 片手にフライパンを掲げ、片手は今にも掴みかかりそうに構えている。

 藤色の目がきっと吊り上がってるし、髪を獣のように逆立っている。

 

「お嬢様一体何が?」こいつを殺ればいいのでしょうか、そう言いたげな目をして。

「彼がそこに立ちションをしていたのよ」

 

 俺がぞんざいに言うと、門にできた水のしみを見る。

 若い女性二人に自分の粗相の後を見られたのが恥ずかしかったのか、騎士は慌てて靴で土をかけて隠そうとした。


 全く、散歩中の犬かよ。


「次やったら承知しないから!!聖女様のお住まいに失礼すぎるわ」

「聖女って元だろうが」

「なんですって!!!」


 勇ましく片手でフライパンを掲げると、今にも騎士に殴りかかろうとする。女は強し。


「わかったよ、わかった。次から茂みでやるって。たっく、こえー女だな」


 男は黒髪に薄茶色の目。年は20代前半と行ったところだろうか。

 騎士らしくがっしりとした体格に6尺はあろう身長。おそらく腕のいい騎士なのだろうが、ここに配属されて一日女二人の見張りを命じられるとは、きっと上官の恨みを買ったか、大きな失敗でもしたんだろ。



 翌日も騎士は暇そうに口に草を加えて、門に寄りかかって座っている。

 目があうなり、井戸の水を飲んでいいかと聞いた。

 確かに今日は暑い。


 湯呑みを渡すとぐびぐびと美味そうに水を飲む。

 2杯目は口からこぼれた水が首に細い筋を作り、流れる。

 よほど喉が渇いていたのだろう、3杯、4杯と飲む。

 そんなにカラカラだったのか、かわいそうに。


 ま、暑い日はそうだよな、うんうんわかるぞ。

 5杯、6杯と続く。うん熱中症は怖いぞ。

 7杯、8杯、いい飲みっぷりだ。

 そして9杯目・・・。


「って、ちょっと飲み過ぎじゃない?」


 10杯目を注ごうとしていた男が「へ?」と俺を見る。


「お腹ちゃぽんちゃぽんになるからやめときなさいよ。酒じゃないんだから、浴びるように飲まなくても」

「じゃこれ最後な」


 最後の酒のように、名残惜しそうにちびちびと飲む。

 なんだこいつ。そんなに水が好きなのか?

 体がでかいから?


「そーいえば、あなた名前は?」

「俺?俺はグナシ」

「私は・・・・」

「知っているよ、オーロラだろ?そんでもう一人はラベンダー」

「知ってるの?」


 もちろんと笑う。


「あんたは有名だったよ。聖女で王子の寵妃。それに宮殿にいる女の中ではあんた一際綺麗だったからな」

 

 ニヤリと下世話に笑う。

 うっ、なんか今全身を舐めるように見られた気がした。男のこういう視線は気持ち悪い。


「ま、いっくら絶世の美女でも寵妃でもこんなとこに幽閉されたら、ざまあねえな」


 ぐるりと鬱蒼とした森を見渡す。

 その通りだ。寵愛や栄華など儚いものだ。平家のように永遠などない。移り行くものだ。


「うっ、漏れそう。ションベン言ってくる」


 股間を抑えながら慌ただしく門の外に出ていった。

 もしやあいつ、水を大量に飲みすぎて頻尿なのでは?

 それで見張りがつとまんのか、いざと言う時に厠に言っていないんじゃないのか。 

 頻尿の騎士とは、頼りねえもんだな。

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