第17話 高天ケ原炎上(その1)


 天空の都市、高天ケ原


 鮮やかな屋根瓦、極彩色の木造の町並み、牛車がすれ違い、艶やかな装いの民が行きかう、平安京を思わせる八百万の神々の住まう雅な都。


 そんな高天ケ原の下町にある、古い小さな長屋に住んでいる猫娘に、発泡スチロールのトロ箱を持った黒ウサがたずねてきた。

「ネコ! 昨夜、夜釣りで太刀魚たちうお釣ってきたんだ、食べるか」


 Tシャツにハーフパンツの、ラフなスタイルの黒ウサが、開けっ放しの長屋の玄関から、小さな畳部屋のちゃぶ台で、なにやら作業をしている猫娘に、声をかけた(ちなみに、高天ケ原の民家に鍵はない)。


 涼し気なワンピース姿の猫娘が手を休めて箱の中をのぞくと、太刀魚が一尾入っている。

「へえー、大きな太刀魚! いつも坊主なのに、めずらしいニャ」

「いつも坊主はないだろ」

 少しふくれっ面の黒ウサに猫娘は笑いながら、銀色で細長い、まさに刀のような太刀魚を取ると


「煮付けにしようか。よかったら黒ウサも食べていくニャ」

「ええー、いいのか! でも、魚さばけるのか」

「何を言ってる、三枚おろしもできるニャぞ。それに太刀魚は鱗がないし、お腹を出すのも少ない。そのままブツ切にして煮付けにするだけだから、簡単だニャ」


 黒ウサは、うれしそうにうなずき、猫娘の手料理が食べられると有頂天。

 初めて女の子の部屋に入る黒ウサは緊張しながら玄関を上がり、四畳半一間の真中に置かれている、ちゃぶ台の前に正座して座った。


 猫娘は、ちゃぶ台の上の作りかけの折り紙や、紙人形を片付け、黒ウサにお茶を出し、割烹着を着て玄関横の小さな台所で太刀魚を料理し始めた。


 黒ウサは猫娘の後ろ姿を、見惚れるように眺めながら。

「ところで、猫娘は折り紙や紙人形を作っているのか」


「港の骨董市で女の子に教えてもらったので、最近は骨董市に来てくれた人への粗品で渡しているニャ。それにアマテラス様に持っていくと、喜んでくれたニャ」

「そうか、それは良かったな」すると黒ウサは、どこか照れながら


「お…俺にも教えて、くれないかなぁ……」

「黒ウサが折り紙! 」意外な話に猫娘は驚いて

「……まあ、いいニャ」


 猫娘は納得いかない表情だが了承すると、黒ウサは(やったー! )と心のなかで叫んだ。

 しばらくして、猫娘が太刀魚の煮つけをもってくると。


「おお、うまそー! でも、猫にしては魚料理、上手だな」

「ふふん! こう見えて女子力も高いニャ」

 自慢気な猫娘。

 一方、猫娘と向かい合って夫婦みたいだと思ってウキウキ気分の黒ウサは、嬉しそうに箸をつけた。

 だし醤油の染み込んだ、ホクホクした切り身を食べていると、しばらくして猫娘が気になる話題をする。


「アマテラス様が、ひもろぎグループの経営改革をするって話、聞いたかニャ」

「聞いたよ。売上を伸ばす話だろ、社外から指導者を雇ったらしいぜ」

「うん、なんか心配だニャ」


 それは、ほのぼのとした、天空の都を揺るがす大事件になるのだった。


 翌日、アマテラスは高天ケ原の行商人を社務所に集めた。

 三十人ほどの高天ケ原の行商人達は、社務所の広間に並べられた長椅子に座ると、前の壇上にアマテラスと数人の巫女、さらにその後ろにスーツ姿の男が付いて入ってきた。

 中央に立ったアマテラスは、いつになく神妙な表情で口を開く。


「最近は、ひもろぎグループの売上が伸びていません。このままでは廃業です! そこで、販売促進のため、社外取締役として、商売の神様、伏見稲荷大社の子会社の隣にある、経営コンサルタントから、カネカス・コーン氏を招いて、徹底的な経営改善を図ることにしました」


 紹介されたコーン氏は、細見の長身にスーツを着こなし、七三に分けた髪、面長の顔に狐目、やけに大きな口の胡散臭うさんくさいい男だ。


 ちなみに、人間界に行っている行商人は、猫娘や黒ウサのような骨董市ばかりだけでなく、アマテラスの宝物蔵毎に各種いる。

 蔵は全部で四つあり

 一の蔵に収蔵されているのは、ひもろぎ食品グループの「ラバのパン屋」「かわいい双子の魚屋さん」「チャルメラおじさんのラーメン屋台」など、食品関係。


 ニの蔵はひもろぎエンターテイメントの「山の音楽家」「小人の靴屋」「おサルのカゴ屋」など、エンタメや物作り、サービスに関連する道具や乗物などが収蔵されている。


 そして、三の蔵は猫娘をはじめとする、ひもろぎの骨董市の蔵。

 残る四の蔵は、なぜか封印され、何が入っているか誰も知らない。


 そんな行商人達を前に紹介されたコーン氏は、メガネを人指し指でおしあげ、挨拶もそこそこに、社員達を見下すように本題を切り出した。


「企業は管理が大事。管理を徹底することで、各自が効率よく動けます。そこで、まず皆様にはGPSを持っていただいて、二十四時間、各自がどこにいるかを私がすべて把握し、手薄なところに応援するなどの措置をとります。こうして、労働者の過労防止の切り札ともいえるワークシェアを行い、業務効率化と、作業の平等、公平化を図ります」


 猫娘を始め、集まった骨董市の店員にざわめきが起こり、商人たちは小声で話をする

「俺たちって、企業なのか……」

「GPSで、四六時中監視されるなんて、たまったもんじゃないぜ」

「それに、手薄なところを応援って言うけど、頑張って早く終わらせても、終わってない仕事を押し付けられる、ってことだろ。永久に休めないぜ」

 みんな、乗り気にならないが、周囲の反応には全く構わずコーン氏は続ける。


「組織として動く場合、大事なのは、報告、連絡、相談、(ほう・れん・そう、です。それには、日本の政治や企業が大好きな、議論と会議を行います。皆様には毎朝、ここに集まって、各自の状況と今日の予定を報告し、連絡事項を徹底し、共有し、問題点を早急に相談する。こうして、皆様の意見を出し合い、縦割りになっている蔵毎の業務運営を、風通し良く、横のつながりを行い、全社一丸で商売をするのです」

 再び、行商人達がざわめいた。


「個人の小さな行商なのに、毎朝会議するほどのことが、あるのか」

「それに、一丸になって何するんだ」


 相変わらず、ざわめく会場を全く気にせず、冷めた表情でコーン氏は淡々と続ける。

「それから、店の名前ですが。『かわいい双子の魚屋さん』『なつかしの骨董市』などと、子供が付けたような、ダサい名前はやめます。今や社名はアルファベットの略称! そこで、(K)かわいい(F)双子の(S)魚屋さんで、KFS。なつかしの骨董市は、(N )なつかしの(K)こっとう(I)いちで、NKIとします」

 行商人達は呆れている。


「強引に三文字にしているぜ」

「NKIなんて言われて、骨董市を想像するかぁ。ましてKFSなんて、どう見ても魚屋とは思われない」

 ぼそぼそと、文句を言いあう行商人。かわいい魚屋さんの双子の幼い姉弟は、何も言えず泣きそうな顔をしている。

 とどめが……


「この危機的な状況を打開するコスト削減と言えばリストラ! 近々、大幅なリストラを行います」

 それはさすがに、アマテラスも

「リストラはやりすぎでは……」


 アマテラスに意見された狐男は低頭し

「これは、アマテラス様! なんと、おやさしい心遣い。しかし、ご心配なさらないでください、無情にリストラするのではございません。ちゃんと、次の職場を斡旋いたします」アマテラスにだけは、ごまするように話すコーン氏は、続けて


「業績がのびず、向いてない仕事をしている方は、うつ病、ひいては過労死に至ります。そこで、個人の事情や希望を配慮し、その人の適性に合う職場で、より自分を活かし、輝かせていただきたいと、あくまで、従業員様のことを思っての、ことであります」

 コーン氏はアマテラスに、恭しく頭を下げたあと。 最後に狐男は拳をにぎり力強く。


「企業は人! 人あっての企業なのです。私は社員様に思いやりのある会社でありたいと思っています! 」

 熱く語ったあと、アマテラスに深々と頭を下げた。


「そうでしたか! さすが、コーン氏」

 最後の言葉に感激したアマテラスは、にこやかな表情になる。


 しかし、行商人達は納得いかない。

「おい、リストラって社員を思ってのことなのか。その前にすることがあるだろ」

「だいたい人が大事、人あっての企業なんて、たいていの社長や代表が表向きに言う定型文だぜ」


「それにあいつ絶対に狐だぜ。アマテラス様、騙されているのじゃないのか」

 ざわめく会場に、誰かが質問しようとすると、コーン氏は


「すみません。今日は時間がないので、ご質問は後日、私が各人から直接お聞きします。とりあえずは、この方針で進みますので、皆様よろしくお願いします」

 一方的に話は打ち切られ、アマテラスの意向ということもあり、これらコーン氏の手法は強引に進められた。 


 その後、各自の質問は適当にあしらわれ、アマテラスに直接相談しようにも、アマテラスの社殿の前には秘書と称して、コーン氏の部下が陣取り

「要件は私から伝えますので」と、アマテラスを始め、アメノウズメや他の神にも会うことがでず、手紙も検閲され、ろくに届けられない状況となった。

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