第27話
くすんだ赤い色の倉庫は波除の近くにあり、急いでドアを開けると大人が数名いた。ほこりだらけの救命ベストの袋を運び出そうとしている。一人が振り向いて叫んだ。
「カナン!」
ほこりまみれになっている父だった。
「お父さん!」
私は泣きそうになった。父から兄の無事を聞き、私からも父に母の居場所を伝えた。救命ベストはお父さんたちが責任をもって配り、みんなを避難誘導すると言ってくれた。私がほっとしていると、父が突然真剣な顔で、両手で私の肩をつかみ言った。
「よく聞くんだ、カナン。君には今から大事な仕事がある。これから監視室に連れて行くから、皆に避難を呼びかけてほしい。センターからの命令であることをよそおって、St3への避難を誘導するんだ。St1の人間が海に飛び込んでいたら、St2も追随するだろう。彼らはおそらくセンターの言葉しか信じないだろうから、カナンの声が必要なんだ。」
私は無意識に喉を触った。私の声で?私は左袖をまくって、父に見せると、父は他の人たちを呼び寄せた。
「これは俺だ。」
タクトと書かれているところを指さした、その男の人は鼻に特徴があった。この顔はどこかで見覚えがある。私を真っ赤な目で見送った人だ。あの人のたぶん弟だ。その人は私の腕の番号も指さして言った。
「カナンさん、この暗証番号はまだいきているはずだ。停電になって監視室のマイクは使えない。でも制御室だけは別電源で動いている。この番号で中に入れたら、右手に赤いどでかいレバーがあるから、ON側に思いっきり倒すんだ。そしてマイクに向かってしゃべればいい。そしてすぐ屋上に戻ってくるんだよ。」
私は彼を見て頷いた。鼓動が早くなる。父が早く一緒に行こうと促した。
「私一人で行く、場所は知っているから。だからお父さんはお母さん達みんなをお願い。」
父はそれを聞いてびっくりしていた。私の顔を覗き込んで、本気なのかと尋ねたし、ダメだとも言い張った。でもここには父を含めて4人しかいない。あの人数にこのベストを着せて避難誘導させるのに、4人でも足りないくらいだ。これ以上避難誘導する人を減らすわけにはいかない。私はベストを予め着ていくし、危険なら引き返すと約束して、制御室に向かおうとした。
「約束だぞカナン!必ず帰ってこい!」
父が後ろから叫んだ。私は振り返って手を振った。父が戦争の映像ばかりを見ていた理由がわかった気がする。ほこりっぽいオレンジ色のベストは変な匂いがした。海に入るのは小学生の時の授業以来だ。まだ泳げるだろうか。St3はかなり遠かった。母と父と離れると次々不安が押し寄せてくる。しっかりしなければ。たぶんここの人達は指示がないと動かないだろう。昔の私みたいに。
私はふとあの海水の柱の群れを見た。明らかに小さな筋がさっき見た時より増えているし、太い柱はより大きくなっている。ひょっとして柱が大きくなっているのではなく、私たちが柱に近づいているのかも、根元の渦に巻き込まれようとしているのかもしれない。ココは人が死ぬのではなく、いなくなると表現した。このままではあの柱に、海水と共に人間が吸い上げられてしまうということではないか。父のところに戻って知らせるべきか?いや父たちも最大限急いでいる。
そもそもこの海水をすいあげている正体はなんなのか。空を見上げて柱の先を見極めようとしたが、ただ細く長く続いているだけで、何もわからなかった。上空にある逆さのバスタブの栓を引っこ抜いたみたいになっているだけだ。お風呂のお湯を抜いているみたいに。この非常時に私はふと神様が地球を覗いて、汚いからそろそろ入れ替えようかなと、つぶやいている姿を想像する。
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