第19話 餅は餅屋

 進展があったのは翌々週の月曜日だった。もうすぐ夏休みだということで、黒板には「夏休みまであと〇日」の文字が書かれ、生徒たちは早くも浮足立っていた。新聞部である程度情報が入手できたと連絡があったが、みっきーの部活の都合があり、次の週の日曜日に改めて話をすることになった。

 それまでは正直言ってお暇である。とはいえ、期末テストが終わったと思ったら次の模試まであと幾日もない。夏休みに入れば夏期講習が始まる。この機を逃せばタイミングを失う――ということで、気は進まないながらも、俺は再び「パワーストーン伊東」に向かった。

 解決のビジョンを掴みたい。このままではどんな事態に巻き込まれるかわからないが、新聞部に頼れるのはあくまで事実確認の域を出ない。根本的な解決――除霊とか?――に関しては、門外漢の新聞部よりも、多少胡乱な点はあるものの、たぶんあちらの方が詳しいだろう。なるべく多面的に現状を把握したい、というのもある。

 梅雨も明け、外はすっかり夏らしくなっていた。じりじりと照り付ける日が焼き殺さんばかりに暑かった。日陰を選んで外を歩いてもつく頃には汗だくになっていた。

 外界から隔絶されたように涼しい店内で、伊東は何事もなかったかのように俺を出迎えた。姉は何か言いたげにこちらを睨んでいたが、すぐに店の奥へと引っ込んでいった。

「どや、変わりないか」

「怪現象の類は止みました。……とりあえずは」

「おお、よかった」

 伊東は心底嬉しそうに言って、にんまりと歯を見せた。犬歯のあたりにある銀歯が鈍く光る。「ただ……」と言葉を続けると、伊東の表情がにわかに曇った。

 俺は『学校』でのことと、新聞部で聞いたことをひととおり話した。伊東は「あちゃー」と頭を掻きながら、ひどく困った表情をしていた。

「そりゃあ、えらいこっちゃなあ。空間転移? えげつないことしよるわあ。思った以上の厄介さやでこりゃあ。正直、俺には手に負えるかどうか……」

 早くも訪れた諦めのムードに、俺は内心焦っていた。伊東は思っていた以上にこの事態を深刻だと受け止めている。説明を仰ぐと、伊東はどこか気まずそうに話し始める。

以下、要約。

 伊東は(本人曰く)石のご威光を借りて商売をしている。鉱石は惑星や生命を由来とする多大なエネルギーを含んでいる(らしい)。しかし、それ自体でこれはあくまで補助的な役割を果たすものでしかない。その人の気息が弱っていたり、そこに悪いものがつけこんでいるところに、石で気息に本来のパワーを戻してやることで、解決に持ち込むのだそう。(その例が「子供を授かりました」「苦手な上司が異動に」というアレらしい)。些末なものなら本人が気をしっかりもっていれば大概のことは平気で、依頼者はそもそも精神的に疲れた人が多く、ご利益のある石を持っているということだけで気持ちが楽になり、状況がよくなることもある(プラシーボ効果、という奴か)。もし悪いものが引っかかっていたとしても、些細なものなら、石のご威光にひるんで逃げていくこともあるとか、ないとか。

 あるいは、霊能者たちが十分に力を発揮するための補助剤として、石を使った道具――数珠や硯など――を提供することもあるらしい。

 前者の場合は、ある程度の症状に効く風邪薬、後者の場合はエネルギーを供給・補給するための栄養剤的な立ち位置だそうで。より深刻な病気に風邪薬では太刀打ちできないように、強いモノが相手になればなるほど、分が悪くなる。

 つまり、俺の周りで問題を起こしていた有象無象を遠ざける効果はあっても、元凶そのものを解決する力はない。そうなると、霊視はできても祓うことは専門外の彼にはどうしようもない、らしい。

 なかなか眉唾ものだが、俺は黙って話を聞いていた。

 ただ、どん詰まりっちゅうわけやない――と、伊東は俺を励ますように言う。

「重い病気にかかった時も、診察して原因を突き止めて、症状に合った薬をもらったり、手術だの点滴だのしてもらったら、大体はちゃあんと治るやろ。より高度な治療――相手にあった対処さえすれば、解決の見込みはある」

「はあ……」

「っちゅーわけで、専門家を連れてくるわ。待っててな」

 言って、伊東はさっさと席を立とうとする。「待ってください」と俺は彼を呼び止めた。

「専門家?」

「餅は餅屋やろ。予診が終わったら、次はお医者様の出番ってわけや」

 戸惑う俺を無視して、伊東はさっさと奥に行ってしまう。彼のいうところの専門家とはいわゆる霊能者という奴か。次はどんな胡散くさい奴が来るのかと身構えていたら、暖簾をくぐって出てきた人影は、思いもよらないものだった。

「久しぶりね」

 俺は言葉を失う。

 ……なんと返事をすればよかったのだろう。

呆然とする俺を前に、彼女は表情を変えず椅子を引く。

「もう高校生か。大きくなってるはずよね」

 母親はそう言って、かすかに笑みらしきものを浮かべた。

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