第34話 さよならの朝に
前日にあんな騒ぎを起こした手前、注目を避けるために一人だけでギルドを訪れた。
しかも朝一。
冒険者達は基本的に遅寝遅起きだ。
狙い通りほとんど人は居らずフードを目深に被った僕に気づく人もいなかった。
職員が依頼を張り出している掲示板。
そこにまっすぐ向かい、仕事を選ぼうとした時だった。
「あっ、アーウィンさん。おはようございます」
依頼書を貼り出しているのはヒッチだった。
「この間はすみませんでした。せっかくパーティに誘ってもらえたのに」
「い、いえ……こちらこそ」
すっかり、ヒッチを誘ったことを忘れていた僕はうろたえ気味に答えを返した。
すると、彼女はニヤリと意地悪そうに笑う。
「ま、でもこんな年増の女よりずっと若くて可愛い女の子とお楽しみだったみたいだし結果オーライかしら?」
ギクっ! と口から心臓が飛び出かけた。
「アハハハ、アーウィンさんもそういう面白い顔するんですね」
「からかわないでくださいよ」
「良いことだとおもいますよ。最近はすっかり仲間と打ち解けて楽しそうですものね」
ひとしきり笑った後、ヒッチはスッと静かになり僕に向き直った。
「アーウィンさん。実は今日でこのギルドを去る事になりました」
「…………へ?」
「実は嫁ぎ先が決まりまして、近々この町を出立します。あなたは思い入れの強い冒険者さんでしたから最後にご挨拶したかったんです。今まで、お世話になりました」
「え……ああ……こ、こちらこそ」
突然のことに感情が追いつかず、たどたどしい返事を返す。ヒッチが結婚退職…………ギルドの男達の嘆く声が聞こえてくるようだ。
僕だって……
「すごく、寂しいです……」
孤独な僕に唯一優しくしてくれたひと。
もし彼女がいなかったらなんて考えるだけでゾッとする。
できれば、ずっと一緒にいたかったけど、
「でも……お幸せに。ヒッチさんならきっと、良い奥さん、良いお母さんになれると思います」
言いながら寂しいとか惜しいとかそういう感情が溢れてきた。
だけど悲しみや怒りに心が染まらないのは、彼女が幸せになることを本心から願っているからだろう。
こんな、殊勝な気持ちになる日が来るなんて思っても見なかった。
「本当に……本当に成長されたんですね」
彼女は感嘆の声を上げる。
そのことが心地よくて、誇らしかった。
込み上げる気持ちを誤魔化すように僕は元気よく尋ねる。
「ところで良い仕事ありますか? アオハルにちょうど良い感じの」
「ええ、もちろん! とっておきがあるのでちょっと待っててくださいね」
依頼書の束を机に置いたままヒッチはカウンターに戻っていった。
さっきの僕はカッコよかったかもしれない。
でも、カッコをつけるにはやっぱり余裕が必要なんだな。
アオハルのみんながいる僕は家に帰っても仕事をしていても一人ぼっちになることはない。
もう寂しさを紛らわすためにヒッチとの繋がりを求める必要はないんだ。
そう考えてみると、つくづく彼女への想いは恋慕には程遠いものだったんだな。
ふと、ヒッチが置いていった依頼書の束に目をやった。
するとその中に封筒が混ざっていることに目が行った。
ドクン————
心臓が脈打ったのを強く感じた。
飛びつくようにその封筒を取り上げる。
普通の封筒なら気にも留めなかった。
だけどそれには僕の実家、キャデラック家の印章が押されていたのだ。
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