第24話 ダンスパートナーはどこに

「よーし、今日はここまで!」


 すっかり汗だくになり、脚もパンパンになった僕はその場に崩れ落ちた。

 ケラケラ笑いながらアリサが僕の背中に手を当てる。


「おつかれー。寝る前に治癒魔術かけてあげるねー」


 彼女の冷たい手のひらから温かい光が放たれ体中に染み渡る。

 筋肉の痛みは和らいだ。


「他人にかけてもらうヒールは格別でしょ? 後戯の時にやったげると悦ばれるんだよね」

「へー……?」


 時々アリサの口からは僕の知らない言葉が出てくる。

 レオはタオルで汗を拭い「寝る前に水浴びるか」などと言っている。

 それにしても、


「レオ……どうしてそんなに上手にダンスができるんだ?」

「昔、仕事でやってたから」

「あれ? お前の前の仕事って港の荷物番じゃ」

「その前に酒場で働いてたんだよ。ステージがあるような大きな酒場でね。よく見せ物や客の相手で踊らされていたんだ」


 目も眩む美少年が華麗なダンスで客の目を楽しませる……なるほど。

 酒場も上手い商売のやり方を思いつくものだ。


「ダンスに関しては今日から三日間みっちり仕込めばなんとかカタチにはなるだろう。問題はパートナーだけど……」

「ハイハイハイ! あたしやるやる!」


 元気よく立候補するアリサだがレオは首を振る。


「却下。お前はダンスできないし、お貴族様のお手つきなんかになられたらシャレにならない。それに、アーウィンさんはやっぱりヒッチさんと行きたいんだろう。仲間の恋心は尊重してあげないと」

「こ……そ、そういうのでは」

「分かった分かった。じゃあ、オレが代わりに頼んできてやるよ。アンタに任せてたら何年かかるか分からないからな」


 自信満々にニカっとした笑顔を浮かべるレオだった。




「ダメだった。ゴメン!」


 レオは帰るなり僕に頭を下げた。


「いや、脈なしというわけじゃないよ。だけどその日はどうしても外せない用事があるらしくってお相手できないって……」

「ふーん、そっか」


 僕はぶっきらぼうに返事をしたが内心かなり落ち込んでいた。

 いや、仕事なら仕方ないけれどレオがあんなに自信満々に言っていたから絶対に来てくれるものだと期待しちゃっていたからなぁ。


「えーと……じゃあ、グラニア! お前なら仕込めばダンスくらいできるだろうし、アーウィンさんと」

「イヤよ。ウィンには悪いけれど敵意剥き出しのお貴族様とやりあうなんてめんどくさい」


 グラニアはキッパリと断った。

 困り顔のレオはクイントに声をかける。


「クイント〜、お前の恋人たちの中に手頃な娘いない? ダンスが踊れて偉い人らの攻撃を受け流せそうな強い娘」

「いねえし、いても貸し出しなんてしないよ。俺は女衒じゃないんだから」

「……そうだな、ゴメン」


 落ち込むレオにニールが笑い混じりに言う。


「レオ。人に頼らなくてもお前がどうにかすりゃ良いじゃん。いるだろう? ダンスがお上手で腕も立つし胆力もある。その上、見てくれもそこそこ良くてお前の意思一つでなんでもしてくれるオ・ン・ナ」

「はぁ? そんなの————っ⁉︎ ま、まさか…………」


 レオが顔を引き攣らせている。

 ニールはニヤニヤと笑い、レオの頭をポンポンと叩く。


「コイツの事、信用してるんだろ? だったらお前も隠し事はなしにしなきゃ」


 隠し事? と僕は聞き返す。


「ほらほらほらぁ。コイツも気になり始めたぜー。あのクソ貴族にざまぁカマしつつ、お前も洗いざらい吐いて楽になれる良い機会じゃんか」

「たしかにそうだけどさあ……」


 チラチラと僕の反応を窺うレオ。

 スッキリしないやり取りを今後も続けるのはあまり望ましくない。


「その隠し事って、悪事絡みか? 法律に触れたりとか、人を傷つけたりとか」

「そういうのじゃないよ。ただ、自分の中の気持ちの整理の問題というか」

「だったら僕のことを信用してくれ。悪事に関わったわけじゃないなら、そのせいでお前を見損なったり、侮辱したりしない」

「……態度が変わったりしない?」


 そりゃあモノにもよるだろうけど…………ああ、今はそういう言葉を使うべきじゃない。


「レオがそう望むなら」


 僕は言い切った。

 クイントがヒューッ、と口笛を吹いて茶化した。

 ニールはこういう時舌打ちしてくるんだよなあ、と恐る恐る様子を窺うと意外にも満足そうにニヤリと笑うだけだった。

 レオは「はぁ〜〜〜〜〜」と長いため息をついた後、僕を指さして言った。


「分かった。じゃあ、パーティに連れて行く女のことはオレに任せてくれ」

「ん? 隠し事は?」

「…………いずれ分かるよ。ほら! 今はダンスの練習だ!」


 そう言ってレオは開き直ったように元気になって僕をメチャクチャしごいたのだった。




 あっという間に数日が過ぎ、パーティの日の朝になった。

 この日のために用意したジャケットに袖を通し、髪に油を塗って容姿を整える。


「へぇー、馬子にも衣装とはよく言ったもんだ」


 クイントがそう言ってからかってきたので卑屈な笑みを作って返す。


「お前くらい見目が良ければ良かったんだがな」

「別に悲観しなきゃいけない見た目してないでしょーが。ピンと背筋を伸ばす。堂々として余裕の笑みを絶やさない。それさえしておけば見てくれで損することはないさ」


 そう言ってバンっ、と勢いよく背中を叩いた。


「乱暴に扱うなよ。貸し服屋には明日返す約束してるんだから」

「そうかそうか。せいぜい気をつけろよ。相手はあのクソ貴族だからな」

「…………ああ」


 ダンスの練習や衣装やパートナーの用意はあくまで通常のパーティの対策にすぎない。

 ジュードが僕の思いもよらぬ方法で貶めようとしてきた場合、その対応はその場の判断になる。

 味方になってくれる人間がいない状況でどこまでやれるか、


「おい、ウィン。ビビってんじゃねえぞ」


 ゴツンとニールが僕の胸を拳で小突いた。


「不本意だがお前は俺たちのパーティのリーダーだ。お前が無様晒したら俺たち全員の格が落ちる。ダサい真似するくらいならいっそ死んでこい」

「手荒いエールをありがとう。生きて帰ってくるよ、クソッ」


 彼の拳を引き剥がし、僕は家を出た。

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