第23話 Shall we dance?

 その日、冒険者ギルドに向かうと入り口のそばにジュードが立っていた。


「やあ、アーウィン・キャデラック! 朝早くから勤勉だね!」


 嘘くさい笑顔と爽やかな挨拶をするジュードに嫌な予感しかしない。


「なんだい? 間の抜けた顔をして。まさか、僕の態度の変化に戸惑っているのか?」

「自覚はあるんだな……」

「フフン。いや、僕は反省したんだよ。同じ年にトーダイに入学した学友と同じ街で再会するなんて滅多にないことだ。これからは未来を担うトーダイ学徒の仲間として親睦を深めていこうじゃないか!」


 引き攣らせた笑顔に芝居がかった声や仕草……ああ、エルンストのお仕置きが堪えたんだなあ。

 まー、どうでもいいことだけど。


 僕はなるべく穏便に事を済ませたい。

「分かった」と応えるとジュードはこめかみをピクピクさせながら僕の手をギュッと握った。


「あ、ありがとぉ〜! じゃあ、これは今までの非礼の詫びだ!」


 と、ジュードが差し出してきたのは深紅の封蝋で綴じられた手紙だった。

 懐かしいトーダイ学院の印章が押されている。


「ミナイル近郊にいる学院出身者で集まるパーティの招待状だ。ぜひ君にも出席していただきたい」

「冗談だろう。落第した僕がどのツラ下げてそんな場に――――」

「だからだよ」


 わざとらしいほど朗らかなジュードの声が瞬時に曇り、ドスを効かせてきた。


「来なくても構わない。だが、これを欠席するという事は完全にトーダイ学院の学閥に背を向けるということだ。道化かサンドバッグになってでも顔を出した方が痛手は少ないぞ」


 なるほど。学友会に睨まれている今、直接的な攻撃をすれば自身に害が及ぶ。

 だけど僕がパーティで恥をかいたり罵られたりするのは場違いな場に足を運んだ僕の責任というわけだ。

 面子を気にする貴族らしい嫌がらせだ。


 僕は仕方なく出席する意志を伝える。

 これくらいでジュードの気が晴れるなら安いものだとあきらめて。




「うわー……そのジュードって人、悪役令嬢みたいですね」

 ヒッチは呆れた顔でそう評した。

「亜苦厄霊場?」

「宮廷劇などに出てくる敵役の貴族女性のことです。それよりも大丈夫ですか? パーティの作法とかご存知?」

「そういうのができたらここまで奴に嫌われてなかったですよ」


 不作法でコミュニケーション能力がない平民など貴族社会において人権はない。

 だからジュードは僕を招待した。

 不利なルールを強いられる結界術にハマったような気分だ。


「ま、付け焼き刃でも対策しておいた方がいいでしょうね。致命傷が重傷くらいで済むかも知れませんし」


 物騒な事を言ってヒッチは書棚から一冊の本を取り出してきた。


「パーティの礼儀作法について書いてある本です。たまに高ランクの冒険者の人が偉い人の集まる場所にお呼ばれすることがあるので置いてあるんですけど、これをお貸ししますね」

「良いんですか?」


 望外の親切に戸惑っている僕にヒッチは優しく微笑み返す。


「言ったでしょう。期待しているって。これもあなたにとってクエストの一つです。後方支援はお任せください」


 天女のようだな、まさに。

 ウチにも見栄えのいい女性メンバーはいるが、やはりヒッチには遠く及ばない。

 彼女の期待に応えて、なんとかお近づきなりたいものだ。


「とりあえず用意する衣装や小物についてはここに書かれています。あと……招待状からしてこれダンスパーティですよね。パートナーの異性を連れていかないといけませんよ」

「……初手から詰んでませんか? それ」

 僕は絶望した。




「カーーーーーッ‼︎ やっぱクソキモいな! あのジュードとかいうクソ貴族‼︎ 文句があるなら拳で来いや‼︎」

「それができないからこういう手で来たんでしょうよ。でも、楽しそうねえ。上級貴族や軍の幹部が集まるパーティだなんていろいろ見たことがないもの見れそうだし」

「食いものもあるんだよなっ! なっ!」

「ねーねー、それでどんな女の子を連れて行くのー?」

 みんなにも状況を伝えた。というより、家でヒッチに借りた本を読んでいたらみんな興味津々に問い詰めてきて白状させられたのだ。

「ひとりで行くよ」

「えーーーっ⁉︎ なんでなんで⁉︎ パーティといったら自分の女見せびらかして悦に浸る場所でしょ⁉︎」


 アリサですら知っているような常識を知らなかった僕は大いに反省した。

 世の中に知らないことを誇れるような知識などないからだ。


「どうせ僕を笑い物にする儀式なんだ。女性もエスコートできないマヌケと思われた方が向こうの溜飲も下がるだろう」

「とかなんとか言っちゃって、受付嬢誘おうとしたけど言い出せなくてそれでもまだ日があるから代わりは立てずにいようって腹じゃねーの?」


 クイントはこの上なく的確に僕の心情を読み上げた。

 つけられてたんだろうか?


「……と、とにかくだ。行かないとまた面倒なことになるから行ってくるよ」

「なーーんか。投げやり。負け戦にわざわざ臨むって感じで好きじゃないなあ」


 レオが頭を掻きながら立ち上がる。


「行くからにはキッチリ勝ちに行こうよ。ヒッチさんをエスコートして、バッチリダンスを決めて格好つけるんだ。恥をかかそうと企てたあのバカ貴族にギャフンと言わせてやろうぜ」

「そう言われても、ヒッチさんを誘って断られたら今後気まずいし……ダンスなんて洒落臭い遊び知らないもの」

「洒落臭いだって? 聞き捨てならないな。ダンスは互いの心を一つに重ねる素晴らしい交流手段だよ。男だったらダンスの一つくらい踊れないと」

「お前らみたいに陽気な連中と違って無意味に身体動かしたりそれを見られたりするのが苦手なんだよ。それに、本を読んだくらいじゃまったく分からないから練習しようもないし」

「オレが踊れる」


 そう言ってレオは僕の手を引いて立ち上がらせ、グラニアにウインクをする。

 グラニアは食器のスプーンでリズム良くテーブルを打ち鳴らし即興の演奏を始めた。

 ていうか……上手っ⁉︎


「力を抜いてオレについてきな」


 レオが指を絡めるように僕と手を繋ぐ。そして次の瞬間、強引に僕の腕を引っ張り、身体を振り回す。

 ヨタヨタとする僕にレオの指示が飛ぶ。


「わわっ⁉︎」

「まずは基本のステップ。三角を描くように足を運んで」


 言われるがまま、足を動かすとレールに載ったトロッコのように身体がスムーズに流れ始めた。


「細かい理屈はすっ飛ばして身体に基本の動きを叩き込むよ。今から本番までみっちり練習だ!」


 と檄を飛ばしながらレオは僕の腰を抱えて仰け反らせたポーズをビシッと決めた。

 案外小さな手のひらをしているな、と思いながら僕は彼に身を委ねた。

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