第21話 傷だらけの前日譚

「オレたちは同じ孤児院に拾われた孤児だったんだ。みんな入ってきた時期は微妙に違うんだろうけど物心ついた頃には一緒だった。その孤児院はちょっと変わっていてね、ソラス教って知ってるかい?」

「……ソラス。ノウス教における旧世界の神か。この世にモンスターを産み落としてしまったという」

「さすが。その通りだよ。国教であるノウス教からすれば異端の宗派さ。孤児院の院長はそのソラス教の司祭だったんだ。もっとも君が思うような聖職者からはだいぶかけ離れた人だよ。元冒険者でお酒が大好きで、すぐ怒ったり笑ったりする感情豊かな人。あんなに明るい人他に見たことがない」

「お前らもたいがいだよ」

「いやいや、院長先生には負けるよ。まあ、そんな人が運営している孤児院だからさ、暗い雰囲気とは無縁だったけれど裕福とは程遠かった。子供を全員駆り出して農園をやったり雑貨を作ったりしてなんとか生計を立てていたんだ。学校に行く余裕はなかったし、院長先生も学問はからきしだったからね。事実、今まで困らなかったんだよ」


 ノウス教徒の孤児院であれば国教会本部から援助ももらえるだろうが、異端となればそうもいかない。

 赤貧に身をやつしてでも孤児を救済したのは立派なことだとは思うが、無茶をしたものだと思う。


「十二歳になると同時に子どもは孤児院を出て働くことになっていた。オレは港の荷物運び。クイントは猟師の見習い。ドンは穀倉地帯の農村で小作人に。グラニアは絵描きに弟子入り。アリサは治癒術師の修行を受けるはずが、お師匠さんと結婚しちゃったな。ニールは…………まあ、知らない方が良いこともあるよね」


 やっぱりスネに傷があるんだ……


「で、孤児院を出てまもない頃。仕事帰りに夜道を歩いていたら男たちに路地裏に引き摺り込まれて襲われたことがあったんだけど」

「なんだって⁉︎」


 僕は驚きと怒りの混じった衝動に突き動かされハンモックから跳ね起きた。

 するとレオはキョトンとした顔をした。


「ど、どういう反応だよ!」

「わ、悪い。なんでもないんだ」


 言えない。

 美少年のレオが薄汚い男に乱暴され汚されるのを想像してしまい憤ったなんて……


「話を戻すけど……勝てたんだよ。十二歳のガキが大人の男を五人まとめてのしちまった。すごいだろ?」


 すごいけど、納得だ。

 事実、レオの身体能力はズバ抜けている。

 レベル1の冒険者とは思えないほどパワー、スピード、スタミナ、どの点を取っても隙が無いけど……


「まさか、その孤児院で育ったおかげとでも言うのか?」

「だってそれくらいしか思い当たる節はないし。オレだけじゃなくてみんな結構強いだろ。グラニアなんて見るからに戦いと縁遠そうな見た目してるじゃん」


 たしかに……彼女の槍捌きもなかなかだったし、扱いの難しい鞭まで使える。

 拾われた孤児たちがみんな戦いの才があるなんて思う方が無理があるか。


「……というか、お前らいろんな仕事してたんだな。あのドンが農家、ってのは納得だけど。でもアイツに作物育てさせてたら実る先から食べちまうんじゃないか」

「アハハハ、同感だ。ま、食べる物ができるまでの苦労を知っているから粗末にするな、って怒るんだよ」

「にしても怖すぎだろ。普段おとなしいからギャップがすごいというかオーガか何かと思った」


 僕は冗談混じりに言ってみた。

 レオなら愛想笑いくらいは返してくれるだろう、と思っていたが微妙な顔をしていた。


「うん……まあ、本当に怖いんだけどさ……そうなるにも理由があるんだよ」


 と言って、レオは少し僕との距離を詰めて小声で話し始める。


「実は、ドンが働いていた農村は、今はもう無いんだ。去年の飢饉で村人のほとんどが餓死してしまったから」


 餓死⁉︎ 声に出して驚きそうになったのをぐっと堪える。

 するとレオはうなづいて話を続ける。


「本当に悲惨だったらしい。長雨続きで麦の実りが悪く、治めていた領主もまずかったんだろう。わずかしか取れなかった麦を持っていかれて、冬の半ばには村から食料がなくなった。老人や子ども、体の弱い者から次々倒れていった。ドンも狩りを頑張ったけれど村の人たち全員を食べさせることはできなくて、春まで生き残ったのは三人だけだと聞いているよ。今でこそあんなに太っちゃったけど、半年前に再会した時はガリガリだったんだ。食も細くなっちゃっててさ。冗談みたいに聞こえるだろうけど全部本当なんだぜ」


 レオがこういうことを冗談で言うなんて思っちゃいない。

 あの能天気で穏やかな巨漢にそんな壮絶な過去があるなんて思いもしなかった。



「うめぇえええええええ‼︎ やっぱアリサの作る飯は最高だな‼︎」

「あっ! ドン‼︎ 一人で大皿平らげんじゃねえよ‼︎」

「ハイハイ! ケンカするなし! こんなこともあろうかともう一皿よけてあるんだから」


 いつもと変わらず賑やかな晩餐。

 ドンはものすごい勢いで料理を胃に流し込んでいく。

 この男が痩せて食えなくなってたなんてなあ。


「どしたの? ウィン。オラの顔になんかついてる?」


 食べ散らかした料理のソースだのかけらだのが付いているが、それはどうでも……


「ケケっ、なんだよ。昼間レオに聞かされた話を思い出して引いてんのか?」


 ニールの言葉にギクリとして喉を詰まらせてしまう。

 ドンは「何の話?」とレオに尋ねる。

 レオはニールをひと睨みし開き直ったように喋り出す。


「話したんだよ。ドンが暮らしていた村が飢饉に見舞われたこととか、その後食べられなくなってたこととか」


 あー、と納得してうなずいたドンは僕に言う。


「別にかわいそうだとか思わなくてイイゾ。オラは生き残ったんだし。村を捨てたお陰でみんなと再会できたし」

「それはそうだけど」

「そういうもんだゾ。アリサが旦那に逃げられたおかげでオラたちは美味い飯が食える。ウィンが人付き合いが下手で一人ぼっちだったおかげでオラたちに出会えて、オラたちは一緒に暮らせる家が手に入った。過去にあったかわいそうなことは必ずしも今の不幸に繋がるわけじゃないんだから必要以上に気にかけることないと思うゾ」


 ……意外だ。


 大食漢でメシのことばかり言うから子供のような思考回路をしていると思ってたのに。

 意外と達観している。だけど…………


「お前らの家じゃないからな! 乗っ取っられてなんかいないからな!」


 僕が指摘すると「ナイスツッコミ!」とみんなは大笑いした。

 ひとしきり笑ったあとアリサが僕の肩を叩いて言う。


「まー、家賃はカラダで払ってあげるから心配しないで」

「か……カラダって……」


 思わずアリサの華奢な肩や露わになった太ももに目が言ってしまう。


「パーティメンバーとして身を張って助けてあげるってことじゃん! 絶対エロいこと考えたー! このスケベ!」


 ……普通そう思っちゃうだろ。僕は悪くない。

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