第4話 その名はアオハル

 チュンチュン、と小鳥が鳴く声が耳について目を覚ます。寝ていた場所は飯屋のテーブルの下だった。


 ……うっ……頭が痛い。

 二日酔いなんて初めてだ。

 そもそもお酒を飲む機会すらほとんどなかったけれど。


 ふと見渡すと昨日の連中も派手に酔い潰れていた。

 六人もいて誰か止める奴がいないのか、まったく。


 店主は起きているようで炊事場の方からスープの匂いが流れてきている。


「……とりあえず、治療しておくか。【キュア】」


 自分の頭に手を当てて解毒魔術をかける。

 致死性の毒をも分解する解毒魔術を使えば酒精の分解など容易い。

 痛く重かった頭がみるみるうちにスッキリと冴え渡った。

 そこに老婆が湯気の立つスープを持って現れた。


「サービス。これ呑んだら帰りな」


 人のいないカウンターに座ってスープを流し込む。

 塩味がキツく素面で飲むには辛いものだった。


「アンタ、ちゃんと人と喋れんのね」

「はあ?」


 老婆の言葉に僕は面食らった。


「いつも一人で来てたからサ。まあ、仲間連れで来るような店でもないけんど。ちょっと安心した」

「そりゃどうも……」


 一応常連だという認識はあったんだな。

 ていうかこんな老婆に心配されるなんて僕はどれだけ落ちぶれて見えるのか。


 人と喋るのは嫌いだ。

 特に初対面の人間なんかとは何を話せば良いのか分からない。

 昨日はなんだか、妙に自分が話し上手になっているような気がした。

 酒の力だったのか、連中が聞き上手だったのか原因は分からないけれど。

 少なくともジュードにいじめられたモヤモヤは吹っ切れた。


 …………たまには親切でもしてみるか。


 スープを飲み終わり席を立った僕は酔い潰れてうなされている連中の頭に触れて【キュア】をかけていった。


 そうして最後に残ったのはレオだった。

 床に膝をつき椅子の座面にしがみつくような姿勢になっている彼の横顔は、綺麗で思わず見惚れた。


 身分の高い貴族の間では同性愛は嗜みの一つとされるほどには馴染みあるものだ。

 だけど、平民出身の僕にその気はない。

 これは美しい花や晴れた空を見るのと同じようなものだ、と自分に言い聞かせながら彼の頭に触れかけたその時、手首が掴まれた。


「…………なんだ、アーウィンさんか」


 寝ぼけまなこでレオは僕の顔を見てフッと息を吐いた。


「二日酔いは大丈夫か?」

「ああ、オレはそういうのになったことない。だからいつも残務処理だ」


 そう言って笑い、仲間を起こしにかかる。

 そんな彼を尻目に黙って出て行こうとしたが、


「じゃあね、またどこかで会おう」


 予想外の言葉のせいで足が止まった。

 また会おう、と再会を望んでくれるなんて思ってなかった。


「あ、ああ……冒険者ならギルドに行くだろう」

「ハハ、それもそっか。蒼のハルバートの名前だけでも覚えて帰ってよ。いずれ有名になるよ」

「蒼のハルバート?」

「オレ達のパーティの名前。ハルバートって武器は」

「剣と槍と斧と杖を合体させた武器。異なる武器を持った集団にも見えることから、冒険者パーティの喩えに使っているのか?」

「あっさりと言い当てられるの恥ずかしいな……結構時間かけて捻り出したのに」

「お前らによく似合ってる。ちょっと長ったらしいけどな」

「だったら! ギュっと引っ詰めて『アオハル』ってのはどうだろ⁉︎」


 アオハル、アオハルか。

 聞き覚えのない造語だが、なんだかむず痒くなるのはなんでだろうか?

 ま、僕に関係のある話じゃないし、


「良いんじゃないか。あんまり騒ぎ起こしすぎてその名前を汚してしまわないようにな」


 そう言い残して足早に店を出る。

 少し冷たい風が吹く早朝の家路は小鳥の囀りや白い朝日や露に湿った草木の匂いも新鮮に感じられた。


 今から家に帰って行水してそれから間も無くギルドで件の新人指導。

 いつになく忙しない予定だ。

 だけど散々嫌がっていた仕事をそれほど苦に思わないほど浮かれた気分だった。




 ……で数時間後、冒険者ギルドの事務所にてヒッチに新人たちを紹介された僕は――――


「なぜお前らがここにいる⁉︎」

「こっちのセリフだよっ‼︎」


 レオ率いる新人冒険者パーティ、『アオハル』との再会を果たしていた。



「あれれー? ウィンじゃないか。もしかしてお前が俺たちの教育係って奴?」


 サラサラと長い紫色の髪をたなびかせてクイントが尋ねてきた。

 昨日も思ったが、ホント嫌味なくらい美形だな、コイツは。


「そ、そうですけど……」

「オイオイ、他人行儀はよしてくれよ。さんざん昨日は酒を酌み交わして語り合ったじゃんか。あー、むさくるしいオッサンが来るんじゃないかと心配してたんだけどウィンならいいや」


 ウィン……って、僕のことか?


 そういえば「アーウィンなんて贅沢な名前だからウィンにしてやる! お前はウィン!」とか言ってたっけ。

 おぼろげながらそんな記憶が……


「俺は不満だけどな。ヒッチさんよぉ、女の冒険者で手頃なのはいなかったのかよ」


 と、吐き捨てるように言ったのはニール。

 ギロリと僕を見る目の鋭さに思わずビビってしまう。

 そんな僕をヒッチはフォローする。


「大丈夫ですよ! アーウィンさんの女性関係の貞潔さは保証します! 浮いた話も遊んでいる噂も一切ありませんし、綺麗な女性ばかりのパーティでも無害ですよ。ねっ?」


 ……誇らしく思うべきなのか不甲斐なく思うべきなのか悩むところだ。


「ま、そうだね。アーウィンさんの人となりはある程度分かったし、頭が良くて真面目なことも知ってる。オレは良いだと思うよ」


 レオがそう言うとニールは舌打ちしながらも僕を睨むのをやめた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る