勝負

豪華絢爛な工房から出て、ドーム型の広間に戻る。


「勝負ルールは単純、相手の武器を破壊するか、相手に一撃を食らわした方の勝ちなのだ。」


剣を構えながらルールを説明するグラノアに、私も剣を正面に構えながら答える。


「分かった! ……一撃って、一撃?」


もし、そのが手とか足とかを切り飛ばしたりしたら……。

そんな考えが閃き、一応確認をとる。


「はあ……寸止めにしといてやるのだ」


「あ、ありがとう!」


安堵のあまり胸を撫で下ろす。

もしかして切り飛ばすつもりだった!?


寸止めの勝負ということで、そこまで危険では無いだろう。


正面に構えられた漆黒の剣──ヴァニティ・ソード──を見る。

スキルが10個も付与されているこの剣の能力を十分に活かすことが出来たら、たとえ経験や技術に劣るグラノアに対しても勝利することができるだろう。

しかし、懸念することがあるとすれば……。


「……始めるぞ」


そんな事を考えていると、見かねたグラノアが声をかけてきたので、頷く。


スッ、と空気が張り詰める。


本気だ。


グラノアの目は本気だ。

人の姿であってもドラゴンの姿にも劣らないほどの威圧感がある。


身の丈以上あるのではないか、と疑える程に大きな大剣を右下に構え、肩越しにこちらを見るグラノア。


その姿、眼光を受けて思わずたじろいでしまう。


そうだ、姿は変わっても彼女はドラゴンなのだ。

剣の力だけでは勝てない。

私自身の身体能力をフルに使って、その上で剣の性能を最大限に引き出すのだ。


「……っ!」


無音の気合いを入れ、少し剣先を動かしたのを合図に、グラノアが勢いよく踏み込んでくる。


「はぁぁぁぁッ!!」


左側から横薙ぎの一撃が迫る。

体を右に捻りながら剣先を下に向けて、グラノアの一撃を受け止める。


本来、威力がほとんど乗っていない私の剣は簡単に弾かれ、グラノアの剣は胴体に迫っていたはずだった。

しかし、そうなることはなかった。


時が止まったかのように、グラノアの剣が私の剣と触れた瞬間、停止したのだ。


「なに……!?」


驚愕に包まれた表情を浮かべるグラノア。

その隙を逃さず、すぐさま剣を走らせてグラノアの頭に向けて振る。

もちろん、寸止めだが。


しかし、そのせいでスピードが遅かったからか、それともグラノアの反応速度が早いのか、見事な体捌きで鼻先ギリギリで剣を避ける。


「やば……っ」


すぐさま反撃の一撃を繰り出してくるグラノアの剣を避けるべく、後ろに飛び去り、距離をとる。


「お前の剣……なかなか厄介なスキルなのだ」


「で、でしょ? 一応、他に9つあるよ!」


「………………認める、のだ。確かにヒナタ・ユリゾノ、お前の鍛冶能力の腕は我よりも上なのだ。だが──」


「ぐっ……!?」


一瞬で距離を詰められ、上段から繰り出されるグラノアの剣を受け止める。

そして、先程のようにグラノアの剣の威力は消え去って──


「あ、危な……ッ!?」


そのまま剣を押し込まれ、危うく一撃を貰いそうになったが、咄嗟に地を蹴って回避する。


なぜ今回は剣の威力が無くならなかったんだ? さっきは私の剣と触れた瞬間、時が止まったように押し込まれることはなく、ほんの一瞬だけ止まったはずなのに……。


「スキルはな、一度使うとクールタイムがあるのだ。普通常識だぞ? まあ、鍛冶師だから知らなくても仕方ないがな」


「そ、そもそも鍛冶師は戦わないでしょ!?」


「生憎、我はドラゴンなのだ。あくまで鍛冶は趣味、本業はこっち戦闘なのだ」


「そうだった……ドラゴンだった……」


たしかにドラゴンだからスキルの発動条件とか網羅してるんだろうな……。


今度もグラノアは剣を右下に構え、こちらを見据える。


相手が技術で、質で攻めてくるのなら、私は数で勝負しよう。


さっき使ったスキル、時間停止イット・ストップのクールタイムがどれほどなのかは分からないため、それに頼るのは博打がすぎる。

なのでそれ以外の9つのスキル、剣魂自我ソード・ソウル永久魔力フリー・エネルギー火属ファイア・トライブ魔核デビカル絶対不破壊アブソリュート・アンブレック剣眼必中プレデクト吸血剣バンプ・ソード経験値増XPプラス自然回復ナチュラル・レコベリー

これらを使って勝とう。


今度は、私もグラノアと同様に剣を右下に構える。


「……行くよ!」


私の掛け声と共に、お互いに地を蹴る。


右下から繰り出される剣戟を、同じように振るった剣で防御する。


「っ……!」


しかし剣が触れる寸前に、グラノアが一瞬の気合いを入れ、ギィィィン! という音を鳴らしながら剣を逸らした。


「やば……っ!?」


受け流しのような形になり、威力を殺さず一回転して右から剣が迫ってくる。


まさに技術の才と言うべきか、真剣勝負とは言えないものの、それに近い緊張感でこのようなことができるのは相当な戦闘経験があるのだろう。


今から剣を引き戻そうにも間に合わない。


私は思わず目を瞑った。

いかに寸止めといっても、やっぱり怖い。

グラノアに限って無いと言い切れるが、それでももしかしたら、と考えてしまう。


だからだろうか、剣を握る右手の違和感に気付くことが出来なかった。


「っ、ヒナタ! 剣を離すのだ!!」


「なに……?」


グラノアの聞いた事ないような、悲鳴のような声で咄嗟に手を離し、目を開けた。


「な、なにこれ!?」


私はそこの光景に、蠢く黒い物体に目を奪われた。


それは手から離れ地面に転がった剣であり、そこから黒い触手のようなモノが剣から無数に生え、一種の生物のように蠢いている。


「い、いったい何混ぜたらああなるのだ……」


いつの間にか隣にやってきたグラノアが驚き半分、呆れ半分といった表情で話しかけてくる。


「んと……いろいろ混ぜたね。具体的には10種類ほど……」


「じゅ………………その中に「核」を含む鉱石を混ぜたか?」


「あー混ぜた、たぶん……」


「てへ」という風に舌を出してみると、グラノアは「はぁ……」とため息を零す。


「アレ、剣霊なのだ」


「ケンレイ……? 妖精みたいな?」


「妖精とはまた大雑把な……まあ、その認識で間違ってないのだ。しかし厄介なことになったのだ……」


「厄介って……?」


「あの剣霊、我とものすごく相性が悪いのだ。」


「…………もしかして勝てない?」


「……そうなのだ。隠していたが、我の強さは装備の強さであって、自力では無い。だから剣霊の特殊スキル「武器破壊ウェポン・デストロイ」はまさしく天敵なのだ」


「まーじか……」


ちなみに私も同じく……というかグラノア以上に武器に頼っているため、その武器が無くなった私は戦闘力ゼロだ。


あれ、もしかして万事休す??


剣霊の強さがどれほどかは分からないが、少なくともドラゴンが恐るほどの強さということ。

まともに戦って勝てるわけが無い。


となれば話し合いで穏便に解決するしかない。


「あ、あのー剣霊さーん……」


恐る恐る話しかけてみる。


というのも、無意味に蠢いていたわけではなかったらしく、徐々に人の形になっていき、真っ黒だが人の形になっていた。


だから話し合えばわかる! と思ったんだが……。


「……グガッ」


「ひっ……!?」


一瞬の殺気の後、顔に真っ黒な剣の形をしたものが飛来してきた。

すんでのところで躱したが、頬に少し切り傷が出来た。


「もしかして話し合い通じないタイプ……?」


「いや、話がわかるやつもいるにはいるのだ。ただ……」


「なるほど、これは通じないタイプってわけね……」


いよいよ万策尽きた。


どうする逃げる?

逃げるにしてもフィリナもいるし、時間を稼ぎたい。


あ、フィリナに戦ってもらう……のはちょっと酷いか。

どう考えてもこいつ近距離戦闘得意そうだし、なんなら剣ぽいの投げて攻撃もしてくるし、フィリナには荷が重いだろう。


するとグラノアが「うーん……」と考える私の肩を掴むと、後ろに下げた。


「ヒナタ、お前に任せたいことがあるのだ。我の部屋にあるウルカヌスを持ってきて欲しいのだ。」


「う、ウルカヌスって……グラノアの家に代々伝わるやつ!?」


驚きの声を上げると、グラノアは表情一つ変えずに頷く。


「ウルカヌスは範囲にある武器を吸収するスキルを持っているのだ。だからそのスキルを使ってアレを無力化できる……はずなのだ。」


「最後自信ないの!?」


しかし、その手に頼るしかない。

わりと博打だけど、人生それが幸をそうしすることだってあるかもしれない。


「わかった。あれの相手はグラノアに任せる!」


「言われなくても分かってるのだ」


ドラゴンの姿に変身するグラノアを見届けて、私は工房があったあの部屋に向けて走る。

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凄腕鍛冶師なんですが、ボスドロップのせいで売上が伸び悩むので、鉱石採集のついでに採ってきます。 清河ダイト @A-Mochi117

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