グラノア

「──ふむ、先に名乗っておくのだ。我はグラノア、蒼炎のドラゴンの名を冠する者、グランド・ノーチラス・アトランティスなのだ。」



マジじゃんマジですやんマジでいるじゃん……。


私は見ただけでわかった。

勝てるわけねぇ……! と。


私が顔を青ざめていると、グラノアと名乗ったドラゴンが顔を寄せてきた。


「ち、ちかっ……!?」


「──お前がヒナタ・ユリゾノなのだな?」


「そ、そそそうですが……」


「──そうか……」


そう言ってドラゴンは、さらに何かを言おうとした。

だが、


「──……エレト・ファイア」


いつの間にかドラゴンの懐に飛びついたフィリナが、火炎攻撃を行う。


「──ほう? そっちがその気なら死なない程度には殺し合いやってやるのだ」


しかし流石は蒼炎のドラゴンといったところか、グラノアはそこそこ大きな火炎を受けたはずがまるで効いていない。


大きく距離をとるフィリナを追いかける。


「と、とりあえずだ、大丈夫フィリナ?」


おっと、私はどうやらかなり混乱しているらしい。

呂律が回らん。


転生したっていってもずっと室内でハンマー振ったり接客したりしかしてない。

だから、初めてのダンジョンでいきなりなんやかんや物語にもなるような巨大ドラゴンと対峙するなんて展開に、耐えられるがなかろう。


故に、腰を大きく引いてる私にフィリナは「えぇマジかよ」みたいな視線を送ってくる。


普通こうなるでしょ!


「……まかせて。グラノア、フィリナ、ひとり、たおせる」


「ちょちょちょちょっと待って!」


また飛びつこうとするフィリナの腕を掴んで引き止める。


「グラノアとかいうドラゴンさんに殺意はないみたいだし、戦わないっていう手もあるんじゃないかな? それに戦うとしても1人で突っ込むのはよくない! なんせ相手はドラゴンだし、火炎攻撃……というか火属性攻撃ほとんど効かないみたいだし、ここら一旦引こ? それに戦うとしても私も一緒に──」


「──……ヒナタ、よわい、あしでまとい、じゃま」


「なっ……!?」


そうもキッパリ言われてしまったら何も言い返せない。


再び突撃を行おうとするフィリナを今度は体を張って止める。

私はフィリナの進行方向に立ちはだかるように立った。


「……じゃま、あしでまとい」


「わかった! 戦闘に私がいらないのは凄くわかった!! でも戦わない方がいいって! せめて他の2人と合流しないと」


「……なら、フィリナ、じかんかせぐ。ヒナタ、ふたり、つれてくる」


「…………わかった。でもくれぐれも無理しないように!」


「…………」


無言で頷くので私は横にずれてやった。

途端、フィリナが恐らく風魔法でブーストさせた勢いでグラノアに向かって飛んで行った。


とりあえずあのドラゴンはフィリナに任せよう。

だが、ずっと任せてはいられないので、早く他2人と合流しないと。

合流……しないと……。


「……あれ、どうすれば??」


普通なら来た道を戻ればいいのだが、残念ながら来た穴は遥か上で登ることはできない。

かといってドームの壁を見渡しても出入口のようなところは無い。


もし、ピッケルなんかがあれば変わっただろうか。

いや、欲を言えば重機が欲しい。

いやや、通信機だな。


など、混乱した私は無駄な考えをめぐらせる。

残念なことに、手元にあるのは私の作ったそこそこ強い剣と、来る前にホノカから渡された回復ポーション程度のみで、どれも今は役に立たない。


「──ゴォォォン……!!」


とその時、とてつもなく重い音が鳴り、その音がドーム状の壁に反射して鐘の音のように響いた。


見ると、フィリナが大柄な杖の先をグラノアの腹に刺している。

それもかなり加速されているようで、先は赤く赤熱しているようだ。


しかし、グラノアの装甲はかなり厚いらしくそれを止めている。


「──……エクスペンション・アサルト」


フィリナが詠唱すると、今度は杖の先の逆の方から大きな魔法陣が現れ、そこからカラフルな光の槍が出現する。


「わお……」


その美しさに思わずそう呟いたのもつかの間、無数の槍たちはグラノア目掛けて突撃した。


しかし、


「──突撃魔法とはまた珍しいのだ。だが、威力がイマイチだぞ」


「……っ!」


無数の槍をまともに受けたはずのグラノアは、何事もなかったかのように喋った。


「我に勝ちたければこれくらいの威力が欲しい──なっ!!」


「……っ、シールド・アサルト……!」


大きな風切り音を鳴らして振られた尻尾を、フィリナが咄嗟にシールドで防いだ。


しかし、拮抗していたのは一瞬だけで、直ぐにシールドが破壊され、フィリナに直撃、吹き飛ばされた。


「フィ、フィリナ!!」


叫んだは良いものの、私は魔女だけど魔法は使ったことなんてないから助ける手段がない。

それに身体能力が他より高いと言っても、そんな圧倒的な違いがあるわけではない。


だから、助けに行こうと踏み出した一歩は、当然届くわけがなく、無意味な一歩になっていたはずであった。


しかし──


「あれ……!?」


私が一歩踏み出すと、踏み込んだ地面がバラバラに破壊され、私を音速を超える速さで、グラノアに蹴り飛ばされたフィリナを通り越した。


そしてそのまま難なく着地、何が何だか分からないが、とりあえず飛んできたフィリナをキャッチする。


もし私も一緒に飛ばされたらどうしよう……。

と思ったが、私の体は飛んでくるフィリナを受け止めてもぶれることは無かった。


「──………………な、なんなのだ今の動きは……!?」


少しの静寂の後、耐えかねたようにグラノアが言った。

しかし、そんなこと言われても私だって分からないものはわからない。

まさかこんなにも私の身体能力が高かったとは……。


「…………」


さて……どう返答すべきか。


返す言葉として、自分も何が何だか……という雰囲気を出してみる方法。

これは私の本心でもあるし、変に過大評価される心配もない。


そしてもう一つ、ここは逆に私本来の実力なのだ、と言ってやる方法。

上手くいけば無傷で逃してもらえるかもしれないし、狼狽えている今がチャンスだ。


──……やるか。


意を決し、私はグラノアを見据える。


「ふふふ……バレちゃしょうがない、隠していたが私はつよ──」


「──下手な嘘はつかなくてもいいのだ。立ち回り的にろくに戦闘経験もなく、黙り込んでいたあたり咄嗟に思いついて言っただけだろう」


「うぐ……」


「──それに、最初からそれくらいの身体能力があるのが分かっているのなら、わざわざその小娘が前線を張る必要はなかったのだ。」


「…………」


このドラゴン……賢い!


「……すみませんでした」


もうダメだ、オシマイダア……。

ということで、腕に気を失っていたフィリナを抱えているため土下座は出来ないから、せめて最大限の謝罪の意を評すべく、腰を90度まで曲げたお辞儀をする。


もし普通の女の子がやったりしたら、それこそ腕や体幹を鍛えていないと、腕に人一人を抱えたまま角度90度のお辞儀なんて出来ないだろう。

だが、私の超絶身体能力をもってすればそれくらい余裕であった。


しばらくお辞儀をして、グラノアの反応を待つ間、私は色々なことを考えた。


まず、これで許してもらえるかどうか。


最初フィリナが攻撃した際、「──そっちがその気なら死なない程度には殺し合いやってやるのだ」と言っていた。

この発言を見るに、私たちを殺そうとしていたわけではなさそうだ。


そして、グラノアはどういうわけか私の名前を知っていた。

つまり私に何かしらの用があって、意図的に私たちを落とした、ということなのだろうか。


なんにせよ、出来れば友好的でいたいのだが……。


「ま、いいのだ。突然落としたのは我だし、抵抗しない方がおかしいのだ。」


「じゃ、じゃあっ……」


私は顔を上げ、絶句した。


まず、この場にいた巨大なドラゴンの姿はどこにもなかった。

代わりに、基本は肩あたりまでのよくある短髪の蒼髪に左のおくれ毛だけかなり長く伸ばし、黒寄りの紺色をした服を着た少女が、腕を組んで立っていた。


「気を失わせたのは謝るが、最初に攻撃してきたのはそいつだから恨みっこなしなのだ。」


「……あ、あのぉ……」


「ま、そんなことはどーでもいいのだ。」


「あ、あのぉ……」


「早速本題に入るぞ。」


「あの! ちょっといい!?」


「なーんなのださっきから。もう許したと言ったのだぞ。それかなにか不満か?」


「そ、そうじゃなくて、その姿ってなんなんですか!?」


あんた誰!? なんていうことは言わない。

状況的にこの蒼髪の少女がさっきのドラゴン、グラノアだということは何となく察せられるし、語尾に「のだ」が付いているあたり本人だろう。


しかし、しかしだ、ドラゴンから人になるってどうゆう事だ!?


たしかにここは異世界。

これまで3年間生きてきたから、前の世界の常識が通じないのは知っている。


けれど、いくらなんでも突然すぎる。

そもそも人間の姿でいられるなら、わざわざドラゴンの姿になる必要があるのか?

絶対に人間の方が良いと思うんだけど……。


グラノアは何故か目線を泳がしながら言った。


「そ、それは〜……上……大人の事情というやつなのだ」


「なにその事情!?」


「ま、まあこのニンゲンの姿の方が生活しやすいというのもあるのだ。魔法もあるし」


「……魔法ってほっんと……」


──便利だなー。


「それはそうとして」とグラノアは話を戻す。


「お前を連れてきたのにはちゃんと理由があるのだ。もちろん、取って食おうとか思ってないから安心するのだぞ」


「……ほんとに?」


「ほんとなのだ。実際その小娘の息の根は止めてないだろう?」


「…………」


つまり、やろうと思えばいつでも殺れた、ということだろうか。


「ついてくるのだ」


とりあえず、従うしかないか……。


冷や汗の止まらない私は、未だ気を失っているフィリナを抱えてグラノアの後を歩く。


どこに行こうとしているのかは分からないが、この先には壁しかない。

壁に仕掛けがあるのだろうか?


壁際につくと、グラノアはドラゴンの姿の時とは似ても似つかない綺麗な小さい手を掲げる。

すると私の予想した通り、壁の一部が自動ドアのように左右に別れ、先の空間に続いていた。


「え……?」


そしてその空間には私もよく知るモノが、いや道具が置いてあった。


「ここ……鍛治工房……?」


滑らかな形の溶鉱炉に、壁際に置かれた黒光りするいかにも高級そうな金床と、近くの壁にかけられた何種類ものハンマー。

棚付きの机にはいくつもの紙が積み重ねられており、それぞれに武器の研究や出来栄えが書かれている。

そしてきちんと整理され、並べられているいくつもの剣や武器。


どう見てもここは鍛治工房であった。

それにどれもちゃんと手入れされ、ホコリひとつ着いていない。


私が絶句していると、振り返ったグラノアが言った。


「ヒナタ・ユリゾノ、ここの機材なんでも使ってもらってかまわないのだ。そして最高の一振を作り、我の剣と勝負してほしいのだ。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る