第5話 噂と嫌がらせ

「知っているか? あの噂」

「ああ。結構えぐい注文しているらしいぜ」

 部署の先輩2人と途中まで行き先が同じだったから声をかけた。

「何の話をしているんですか?」

「お前のカノジョの話だよ」


「はぁ?」

「嫌がらせってやつじゃないのか?」

「そんなこと誰が」

「痴情のもつれなんだろ」


 ケタケタ笑う上司をにらんで、ため息をつく。

(元カノとはもう接点もない。やはりあの女か)

 カツカツと靴の音を響かせて噂の出どころへ向かう。


「やぁ、営業職に何の用かな?」

 いままで周辺の部下に怒っていたのに口調が変わる。


「彼女が善意で手伝ってくださいますの」

「へぇー」

「随分仕事のできないやつがいるんだな。畑違いのやつに応援頼むなんて」

「あら、頼んでも全く役に立たない彼女を所属させているのはどういうことなのでしょうね」

「一度、上長に確認をとってもいいかもしれませんね。彼女を雇用したのは正解だったのかと」

 ケタケタ笑っていたはずの上長が立っていた。

「彼女の成績は上々だ。そろそろ本業に影響が出そうだ」

 内輪もめはそれこそ他社への信用を無くす。


「いい加減に応援業務は終わっていいかね?」

「ええ。もちろんです」

 上長が来てくれたおかげで彼女の負担がなくなりそうだ。


 ☆☆

 そして、一件落着というわけではなく空室の会議室に押し込められた。

「もう頑張らせるのはやめないか?」

「退職させよと?」

「いや、同じ部署にいるのがまずいと思ってね。やっかみの少ない総務に一度行ってみてはどうだ?」

「総務ですか」

「営業でもっと成長したいと思っている彼女にとっては屈辱かもしれない」

「ああ」

 嫌な役回りだが、仕方ないのかもしれない。

 女性ということで危ないこともある。

 社長の指示でかなり女性蔑視の取引先とは縁を切ってきたものの、まだある。


 そして昇進の話が出てきた。

 あいつを総務に従事させることができたら俺の昇進は約束される。

 えげつない話を俺の口からさせるという。

「おまえだってこれから昇進したら現場で動くんじゃなく、指令を飛ばす立場になるんだ」

 上司はニコリと笑みを作る。

 できなければ降格だろうか。あいつが昇格すればまだいいが、技量や体力的にまだ追いついていない場面も見受けられる。


 それでは守ることはできなくなる。


 上司の策略に乗るのは本当に悔しいが、ベストな選択肢が彼女側が男を立てて移動を受け入れるということだ。

 なんという男社会の常識だろうか。

(あいつは、受け入れられるかな)

 破局しなければいいなと思うあたり、俺も非情なのかもしれない。


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