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 次の日、十歳を迎えた私は使命を果たすため早速動き出していた。私の行動力は前世に比べて実に早い。それは自分のしたいことが明確にわかっているからでもあるのだろう。


「それでセリィ。昨日の夜誕生日プレゼントが欲しいと初めて自分から言っていたが、一体何が欲しいんだ?」

「お父様、お母様。私誕生日プレゼントに、妹と弟が欲しいです!」

「えっ」

「まあ……」


 ノスタルジックな長テーブルを囲んだ朝食の場で、突拍子のないことを言ったという事は承知の上。目の前にはローランス伯爵家の当主である銀髪癖毛のお父様、そしてアレクと同じライラックの髪色をした伯爵夫人であるお母様がいて、一点の曇りなき眼で頼み込んでいた。側から見れば私の感情は読み取りづらいだろうけど、本人的にはキラキラと目を輝かせているつもり……


「セリィの気持ちはわかるが、人間っていうのは欲しいと思って手に入れられるものじゃないんだ」


 少し困ったように赤面し何も口にしない様子の父と母の間に入り、隣で朝食をとっていたアレクが仲介するようにそう言った。

 全くもってその通りだ。さすが我が推し、妹に対して教えることが的確な上に、これは恋愛でも通用する。後でアレクお兄様の名言集に記しておこう。これも私の大切な推し活の一つである。


 そ、それにしてもお兄様、やはり顔面がお強すぎませんか……その死んだ魚のような目……! 大人顔負けの佇まい、オーラ。口に料理を入れる手すら素晴らしい芸術。まだ幼少期のアレクでこんなに悶えるなら、成長したらどうなっちゃうのよ〜〜……!

 この心の葛藤が表情に出ない(出せない)私を褒めてほしいわ……と思いながらマチルダのいるほうを見れば、目の前の自分のエサに夢中になっていた。(猫は自由である)


「すまんな、セリィ……何でも欲しいものを与えると偉そうに言ったくせに」


 お父様は申し訳なさそうに謝った。


「いいえ、私のほうこそごめんなさい。言い方を間違えました。どうしても弟と妹になってほしい双子がいるんです……!」 


 そう答えると、お父様とお母様は一瞬驚いて顔を見合わせる。そしてローランス家伯爵の本当の顔とは思えない程優しく、お父様は私に穏やかな笑顔で話しかけた。


「……セリィ。その話、詳しく聞かせてくれるかい?」────と。





「北の辺境地に私と同い年の双子がおります。名前は姉のピピと弟のノア。黒髪が特徴的で美形の」

「ちょ、ちょっと待ちなさい。そんな遠い場所に住んでる子とどこで出会ったんだ?」


 そう慌てたようにお父様は私の言葉を遮る。私に友達がいないことを知っているから、お母様もお兄様も驚いたように私を見つめていた。

 友達がいないことは事実だけど……ちょっと失礼じゃありませんか?

 ピピノアがいる場所は首都から遠く離れていて、行ったこともなければどんな所かも知らない。つまり下手なウソはつけない、ということ。


「二人に出会ったのは夢の中です」

「……夢の中?」

「はい。その双子には近い将来、『人を悪から守れ』という天命が下ります。そして戦士となってハレルヤ学園に通う人達を救うのです。私の夢の中でそういう神のお告げがありました」


 私は前世の記憶があることは省略し、神のお告げとして双子の話を切り出した。そのほうが信じてもらえると思ったからだ。


 この世界には不思議な力が存在する。原作の主人公でありヒロインのローズは、生まれながらにして周りの人間を無意識に『魅了』する力があった。そのため、もともと平民として生まれた彼女は、その力で自然と生きやすい環境を手に入れた。人に好かれ、温厚なアムール男爵家の養子となった彼女は男爵令嬢として皇族・貴族が通う原作の舞台、ハレルヤ学園に入学するのだ。

 そして彼女が学園に入学する前と同時期に、この世界の男主人公である皇太子が『悪を倒せる力を持つ者』=ピピノアの存在を神からのお告げとして授かることになる。その瞬間まで孤児院にいたピピノアは買われるように皇太子の影の護衛となり、同じハレルヤ学園に入学して彼女と出会うという設定だった。


「ほう……にわかには信じがたいが、セリィがそう言うのであればそうなのだろう。我が娘が予言者に選ばれるとは、なんと誇りに思おうか」


 ローズやピピノアのごく稀な力に比べ、『神のお告げ』に関しては授かればめでたいと世界で広く認知されていたため、お父様は私の話を信じている。


「けれどお父様。その天命が下るのはハレルヤ学園に入学する手前なので、あと五年もの月日があります。問題なのは今。今二人は孤児院で酷い目に遭っているのです……」


 それを考えると体が奮い立って、今すぐあの場所へ行き、ピピノアを連れ出さなければ……! と心が叫ぶ。

 原作では彼女たちは七歳の頃から孤児院にいるとあった。一刻も早くあの場所からピピノアを解放しないと自己肯定感は無くなっていき、二人の未来の闇堕ち要因となるだろう。


「酷い目というのは……?」

「ピピとノアの髪色は漆黒のような、真っ黒い髪色をしています。それが原因で孤児院にいる周りの子達からいじめられているんです。お世話をする大人達からも、食事もろくに与えてもらえない。誰からも好かれずただ存在を否定されてしまう……そして虐待も」


 生まれ育った環境で言うと、ローズとピピノアは正反対であったことがわかる。

 原作でその光景を見た時は胸が張り裂けるように痛かった。だからこそ幸せになってくれると信じていた。それは私がただの一読者であり彼女達に感情移入はしても、作品をどうこうできるわけじゃないとわかっていたから。

 でも今私が生きているこの世界は、漫画の中だけど物語ではない。フィクションではないわ……

 自分の足で進まなきゃいけないし、進むべき道を自分で選ばなきゃいけない。私の行動が良い方に進むか、もしくは原作より悪くなってしまう可能性だってある……そんなことを考えると足が少し竦むけど、それでも……それでも私は推しを救う…! そしてできる限りの推し活がしたいんだあぁぁぁっ!!


「そんな酷い環境で暮らしていると知っていて、黙って見過ごせません。だから私は一秒でも早く二人を助けたいし、可能ならローランス家の養子にしてほしい……どうしても家族になりたいんですっ! お父様、お母様、お兄様、どうかお願いします……!」


 私は土下座する勢いで自分の気持ちを伝えた。いくら黒に抵抗がないローランス家と言えど、双子を養子にするのは容易いことではない。

 きっと簡単には承諾してもらえない……


「髪が黒とは、それはまた珍しいな?」

「見たことがないわ。ふふ、アレクが嫉妬してしまいそうね」

「はあ〜〜……そんな双子が家族になったら、俺とはもう一緒に外で散歩したり会話すらしてくれなくなりそう……」


 笑顔の両親に続いて、なぜかお兄様は溜息をつきものすごく嫌そうにしているが、仕方ないという表情で私を見た。

 想像していたものとは違う返しをされ戸惑う。


「それでその孤児院から二人をどうやってここまで連れてくるつもりなんだ?」

「……いい、の?」

「昨日夢を見て泣いてたのもその双子が原因なんだろ? セリィが悲しまないために家族でできることはなんだってやるに決まってる」

「お兄様……」


 きゃあ〜〜っ、好き〜〜……っ!、と思わずアレクに抱きつきそうになったところをグッと抑え込んだ。


「アレクの言う通りだ。しかし孤児院はタダでは引き取らせてはくれないだろう。そんな物騒な場所なのであれば難癖をつけて必ず金を要求してくるはずだ。私としてはそれでもいいが」

「いいえお父様」


 案外すんなりと受け入れてもらえたことに安心しながら、私は双子救出の方法をこっそりと伝えた。私以外は裏の仕事のことを知っているだろうから、こっそり伝える必要はないけど……


「……なんと!」

「お父様の手にかかれば、誘拐もお手のものであるはずです」

「裏の仕事のこと、セリィにだけは怖がらせまいと知られないようにしていたんだが、バレていたのか……私のことが怖くはないかい?」

「いいえ。全く怖くありません。私は心からこのローランス伯爵家の令嬢として生まれてきてよかったと思っています」

「そうか……」


 お父様の言う通り、孤児院にお金を出してピピノアを養子にする手もあるが、それだと皇太子が本物のお告げを見たあと孤児院に行き居場所がバレてしまう。必ず自分の駒として二人のことを手中に収めようとするだろう。それは避けたかった。

 なぜならこの皇太子というのが原作の男主人公であるにも関わらず厄介で面倒な相手であり、前世の私の嫌いな人物だった。できる限り関わりたくなければ原作のようにピピノアを護衛にもしたくない。

 しかも何の嫌がらせか、このまま原作通りに進めばピピはその厄介で面倒な男に学園で恋することになる。だからその前にこの超絶ジェントルマンのアレクとハレルヤ学園に入学するまでに恋をしてもらいたいのだ! そしてカップルになってもらえたらこちらとしては万々歳というわけである……

 思わずニヤつきそうになった口元を誤魔化すように左手で抑えた。


「わかった、双子のピピとノアを誘拐する。やるなら早い方がいい、明日出発することにしよう」

「えっ、お仕事はいいのですか?」

「あぁ、家族より大事なものはない」


 その平然と当たり前のように言ったお父様の言葉に、ハッとした。そして前世に足りなかったものはこれだと思い出す。

 私がいた日本では多くの人が、家族よりも仕事を優先させる世界だった、そういう社会だった……──



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