第54話 略奪者

「シン、オレは必ずお前を超える。そしてバーツ、貴様にはオレの一番大事なものを奪ったことを後悔させてやる」


 ヒューゴはどうしてバーツ邸を目指すのか。そして彼に何を奪われたのか。それは刀である。ヒューゴは放浪の旅の途中で、このグランウェルズの新都市へ迷い込んだ。関所を通らずに都市に入ったことにより、市警に捕まり罰として刀を奪われた。そして、そのまま強制労働施設に放り込まれる。そこで署長のギルダーに目をつけられ、ひどい仕打ちを受けていた。そこをガレオ達に救われ、現在行動をともにしている。


 奪われた刀は七本。一本はギルダーが市警からこっそりくすねて所有しており、ガレオ達が施設を解体した際に取り戻している。残りの六本はバーツが気に入り、コレクションとして館に持って帰ってしまったのである。


 ヒューゴは即座に鉱魔獣を切り伏せて、周りには何もいなくなった。そのままヒューゴが館へ入ろうと足を進めた時。

 

 ヒューゴが侵入しようとしていた館の一階の窓が勢いよく割れた。


「何だこいつ?」


 出てきたのは、たった一体の鉱魔獣だった。


 しかし、どこかおかしい。


「まさか、その姿は……」


 その鉱魔獣は、人の姿をしていた。


————バーツ邸西側、突入直後。


「グレッグの言った通り、本当に何もいないな」


 ガレオは館から約六百メートルほどの距離から辺りを注意深く観察していた。


 ガレオが見渡す限りの周辺には何もいない。護衛もいなければ、鉱魔獣も一体たりともいない。


「何かの罠か?」


 ガレオは数十分ほど様子をみてから、ゆっくりと館一階の窓まで忍び寄った。こっそりと窓を覗いてみる。中を見てみると、そこは長い廊下になっていた。一人のスーツのような服装の男が、廊下を行き来している。


「これくらいなら何とかなりそうだな」


 ガレオは男に見えないよう窓の下に身を隠した。そして右手だけを伸ばして窓の隅に当てる。


 火属性魔法〝ネツエン〟


 ガレオの手は瞬く間に高温になり、窓をじわじわと溶かした。合間に様子をうかがうが、男は一向に気づく気配がない。そのまま窓は人間一人分が通れるくらいまで溶けた。そして男が後ろを向いたタイミングでガレオは素早く中へ入り、男の首に関節技を決めて絞め落とした。


「シンに教わったことがさっそく役に立ったな。なるほど、こういう時に使うのか。さてと、階段はどこだ?」


 ガレオは上のフロアを目指して、廊下を歩き始めた。


 ガレオの相性属性は火属性。それ故にガレオが使える魔法はそのほとんどが火の魔法である。シンはガレオが鍛錬や戦闘で魔法を使っているところを見たことがなかった。その理由がこれである。


 拠点は山の中にあり、その周りは多くの木々に囲まれている。下手に火の魔法を撃てば、木に引火し山火事を発生させてしまう。運良く小火で済んだとしても、煙が上がってバーツ陣営に不審がられる。最悪の場合、拠点の存在と位置が相手に知られる危険性がある。だからガレオは意識的に今まで火属性魔法を使わなかった。


 ガレオはグランウェルズの鉱山の権利書を探していた。かつてのグランウェルズの街を取り戻すために。


 ガレオはグランウェルズの旧市街地で生まれ育った。ガレオがまだ物心のついていない頃、この街は夢と希望に満ちていた。グラン鉱石の鉱脈を発見したことをきっかけに、それを利用した事業が数多く立ち上げられた。街は活気づいて、通りはいつも賑わっていた。


 グランウェルズの鉱業組合は、街の急激な経済成長に多忙を極めた。前組合長は高齢がゆえにその任を辞退した。そこで当時、鉱山採掘現場を取りまとめていたガレオの父オリバに白羽の矢が立った。オリバは現場と組合の仕事に忙殺されながらも充実した毎日を送っていた。


 そんな中でもオリバは家族サービスを欠かすことはなく、幼かったガレオをよく遊びに連れ出していた。街の飲食店に家族で食事に行ったり、月に一度皆で銭湯に行ったりしていた。ガレオはそんなオリバとの時間をいつもとても楽しみにしていた。


 しかし、そんな幸せな時間はある日突然失われることとなる。ガレオの父オリバが鉱山の採掘現場の落盤事故で死亡したのだ。オリバの無言の帰宅に、ガレオの母はその場で泣き崩れた。ガレオはそれがどういうことか理解できずに、父はいつまで寝ているのか、いつになったら起きるのかを母に何度も尋ねていた。葬儀が終わった後も、ガレオは父はどこへ行ったのかと母や街の人に聞いて回っていた。そんなガレオを不憫に思った母や街の人達は、聞かれる度にその内帰ってくると悲しい嘘を吐き続けるのだった。


 そしてガレオが分別のつく年齢なった頃、もう二度と父は帰ってこないことを悟った。ガレオはそれから塞ぎ込むようになり、それと同時に街の雰囲気も段々と変わっていった。バーツの買収が完了し新都市の開発に部材が必要とのことで、街の通路に使われていた敷石が根こそぎ持っていかれた。そして立て続けに街の商店や飲食店、銭湯など店という店が潰れた。


 街の人々の収入も急激に減り、街全体が貧しくなった。街の人同士の交流もなくなり、家を失う人も現れ、新都市の開発で余った部材でツギハギの家があちこちに建てられた。さらに通路に使われていた敷石を失ったことによって、砂塵が頻繁に発生するようになる。その影響で慢性的な肺炎を起こす人間が続出した。それはガレオの母も例外ではなかった。ガレオの母の肺は少しずつ弱っていき、現在旧市街地の病院で寝たきりになっている。


 オリバが事故死したあの日。


 あの日から、ガレオは全てを失った。

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