第53話 渇望するもの

 シンとグレッグは館のある森へ入り、すぐ東側に待機した。館までは数百メートルの距離。茂みから館を覗いてみると、犬型の鉱魔獣が何体かいるのが見えた。さらにシンは館の中から転生者の気配を感じ取っていた。


「予想通り、ここは手薄みたいだ」

「そうみたいだな」

「シン、転生者は動向は?」

「四階のフロア、中央あたりに居る。さっきから動いてないな」


 あれからシンはグレッグに自分が転生者である事を打ち明けた。グレッグは驚きはしたが、すぐにその事実を受け入れた。そしてシンは、グレッグに自分が転生者の位置を感知できることを伝えた。


「そうか。よし、このまま様子を見よう。ライアンの動きで相手がどう出るか……」

「あぁ」


————バーツ邸、突入まで残り0分。


 ライアンは館の正面入口から一キロほど離れたところで待機していた。ルイスとは十五分ほど前に別れて、それぞれ単独で行動をとっている。ルイスは館から約百メートルほどの距離から侵入の機会をうかがっていた。


「よし! そろそろ始めるか」


 ライアンは右手で左の手のひらに魔法陣のようなものを描いた。そして左の手のひらをそのまま地面に思いっきり叩きつける。


「来い、ヴォルク」


 魔法陣はみるみる大きくなり、その中から体長約六メートルほどの怪物が現れた。


 ライアンは魔法で野生生物と契約を交わし、使役する獣使いである。たった今召喚した怪物ヴォルクは、ライアンが契約している獣の中でも最大級の大きさを誇る種となる。二足歩行の爬虫類型の生物で、恐竜のティーレックスのような見た目をしている。しかしティーテックスよりは体型はがっしりとしており、前足にあたる部分もかなり太くしっかりとした腕がついている。


「ヴォルク、前進だ」

 ライアンはヴォルクの背中に乗ってそう指示した。ヴォルクは森の木々を薙ぎ倒しながら、ゆっくりと館を目指して一直線に歩いていく。


 最初にそれに反応したのは、館の周りを絶えず巡回している鉱魔獣達だった。ヴォルクはライアンの指示で、前進しながら鉱魔獣を次々と叩き潰した。犬型十六体、鳥型七体を破壊したところで戦況は動いた。


 この時点でヴォルクは館まで数十メートルのところまで来ていた。ヴォルクが手を伸ばせば館へ届きそうな距離。館の正面玄関から誰がが出てきた。その人物を見て、ライアンは不敵な笑みを浮かべる。


「さて、お前に俺の相手が務まるかな?」 

 ライアンは挑発するように言う。


「それは……君次第かな?」


 ライアンの前に姿を見せたのは、バーツの護衛をしている三人の魔法使い。その内の一人であるリンギットだった。


————バーツ邸北側、突入直後。


 ヒューゴとヴァレリアもまた別行動をとっていた。突入開始からすぐ、ヒューゴは館から約四百メートルほど離れた場所にいた。そして同時刻、その頃ヴァレリアは上空にいた。ヴァレリアはワイバーンに乗り、ヒューゴからさらに約七百メートルの距離ほど離れた位置で対空しながら待機していた。


 ヴァレリアはここグランウェルズの近くにある王国都市の魔導騎士である。そこでヴァレリアは騎兵隊に所属している。彼女が駆るワイバーンは、体長二メートルから三メートルほどの小さな種族だ。空中で小回りが効くので、彼女が好んでよく乗っている。彼女は契約魔法を習得していない為、ライアンの契約獣とは勝手が異なり魔法陣で召喚することはできない。


 ワイバーンは拠点の近く小屋を設けて、そこで今まで待機させていた。ヴァレリアが基本的に拠点にいなかったのは、このワイバーンの世話をするためだった。


「どうだ? ヒューイ。何か感じるか?」

「キュイ……」

「そう。何かあったらすぐに教えて」

「キュイ!」


 遠くに鳥型の鉱魔獣が見えるが、距離がありすぎるのかこちらに来ることはない。ヴァレリアは地上にいるヒューゴに空の状況を伝えた。


「ヒューゴ、上空は今のところ特に何も見当たらない。そちらはどうだ?」

「こっちは、そうだな。四足歩行型の鉱魔獣が思ったより少ない。何か妙だ」


 ヒューゴは地上で犬型の鉱魔獣数体と交戦していた。事前の作戦会議で、鉱魔獣には関節部分に攻撃することが有効であるとグレッグから教わり、ヒューゴはそれを実戦で試していた。


「こんなにも簡単に切れるとは……。今までのは何だったんだ。これもあいつのおかげか」


 鉱魔獣の全身を覆っているグラン鉱石から作られたグランニウム。魔法耐性があり、物理的な衝撃には弱いという特性を持つ。なら斬撃にも弱いのか。答えはノーである。そこは通常の金属と同じく、細かな傷がつくのみで簡単には切ることができない。


 グランニウムの特性はシンがグレッグに以前に伝えていた。斬撃に耐性があることは、シンが鍛錬の合間にグレッグと行った実験で偶然判明した。そしてさらに実験を進めた結果、金属と金属の接続部を狙う事により、鉱魔獣を剣で斬れることを二人は突き止めていた。


「シン、お前はどこまでオレの先を行くんだ……」


 ヒューゴは日々のシンとの鍛錬の中で、その差をひしひしと感じていた。単に戦闘能力の差だけではなく、知識や戦闘以外の経験についても自分とは明らかな差があることを。


 そして何よりシンには人望があった。ヴァレリアは置いておくとしても、それ以外の皆とすぐに打ち解け、いつのまにか中心人物となっている。ヒューゴはその気難しい性格が故に、ガレオ達と完全に信頼感を築くのには、多くの時間を要した。


 シンは今のヒューゴに足りないもの、ヒューゴが欲しているものを全て持っていた。


 だからヒューゴはシンに憧れ、シンに嫉妬した。


 そしてヒューゴが最も自分に足りないと感じ、欲してやまないもの、それは……。


 強さ。


「シン、オレを見ていてくれ」


 ヒューゴは迫り来る犬型の鉱魔獣をひたすら斬り続けた。

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