第47話 共闘

 拠点が見えてきた。まだ三人のいる場所からは距離がある。


「おい、あれ……」

 ヒューゴが声をひそめて言う。


 見えたのは、倒壊した拠点とその側で倒れているシャロン。それとシャロンの前に立っている大柄な体型の男。


「ギルダー!」

 顔を歪ませながらヒューゴは男を睨みつけた。

 

「あの男を知っているのか?」 

 ヒューゴのあまりの激昂ぶりにシンは話しかけるのを躊躇する。代わりにガレオに気になったいたことを尋ねてみた。


「バーツが出資していた強制労働施設の署長だった男だ」

「強制労働施設?」

「市警に捕まった人間が送られる場所だ。かつて俺達はその施設を解体へと追いやった。ギルダーはその時に死亡したはずだが……」 

「そんな事があったのか。それはそうとして」  


 シンは何故ヒューゴがあんなに怒りを露わにしているのか気になった。だが、今この状況をどうにかするのが先だ。


「何だ?」

「いや、何でもない」


 拠点にかなり近づいてきた。これ以上先へ進んだら相手にこちらの存在を気づかれそうだ。


「ガレオはシャロンを頼む」

 シンは小声でガレオにそう言った。


 ガレオがさっきからシャロンの方ばかり気にしているのをシンはわかっていた。大切な幼馴染だ、無理もない。それにもしかすると、ガレオはシャロンにそれ以上の感情を抱いているのかもしれないことをシンは察していた。


「あぁ。すまない、シン」

 ガレオは申し訳なさそうに言う。


「何の事だ?」

 シンはそう言って笑った。


「取り乱して悪かった。シン、オレが奴の動きを止める。その隙に一撃を入れろ」

 ヒューゴが落ち着いた声でシンにそう言う。シンは安心した様子でヒューゴの目を見て頷いた。


「行くぞ、シン」

「あぁ」


 ヒューゴは魔法でギルダーの足元から蔦を発生させた。蔦は瞬時に男の足をつたって全身に絡みつく。


 「なっ?」

 ギルダーは驚いて辺りを見回す。


 シンはギルダーが自分の姿を見つける前に、風の魔法で加速して近づいた。そしてその勢いのまま、シンはギルダーの体を蹴った。体に絡み付いていた蔦ごとギルダーは真横へ物凄いスピードで吹き飛んでいった。


「シャロン、大丈夫か?」

「ガレオ!」

 ボロボロに傷ついて倒れていたシャロンを、ガレオがそっと抱き寄せる。シャロンもガレオに思いっきり抱きついた。


「一人にしてすまない」

「ううん、平気だよ。ガレオが必ず助けに来てくれるって、私信じてたから」


 そんな二人の様子を微笑みながらシンは横目で眺める。

 

「おいシン、どこを見ている」

「あ、悪い」


 シンが正面に向き直ると、さっき遠くへ蹴り飛ばしたはずの男がすぐ近くに立っていた。


「何だ、おまえは」

「勝手に人の家を壊した奴に、名乗る名前なんてないね」

 シンはギルダーの問いに冷たく言い払う。


「まぁいい。おまえは必ず処刑する。横の脱走者、おまえも右に同じだ」

 ギルダーはヒューゴを指さして叫ぶ。


「脱走者? それって、どういう……」

「訳は後で話す。シン、こいつはオレに任せてくれ」

 ヒューゴは魔法で刀を出現させ、帯刀する。そしてギルダーを真っ直ぐ見つめながら刀の柄に手をかけた。


「いや、そうはいかない。俺も一緒に戦う」

「やめておけ。ここは俺だけでいい」

「二人で戦ったほうがいいに決まってる」

「オレ一人で問題ないって言ってるだろ」

 シンとヒューゴはお互いに譲らない。


「ヒューゴが何と言おうと、俺は戦う」

 シンはギルダーの方へと駆け出す。


 そして男の腹部に右拳を食らわせた……はずだった。


「どうなってるんだ?」

 まるで手ごたえがない。よく見ると、ギルダーの腹部に土のかたまりがある。シンの右腕はその土の中に埋まっていた。シンは腕をすぐに抜いて、後退する。


「今のは何だ?」

「地属性の魔法〝クレイフォーム〟だ。自分の体を土に変えて、自在に形を変化させる」 

 混乱しているシンに、ヒューゴが答える。


「あんな魔法もあるのか」

「高等魔法だ。ああ見えて奴は上位魔導師。油断をすれば、すぐに命を落とすことになるぞ」

「かなり面倒くさい相手だな。俺の戦闘スタイルとも相性が悪い」

「だからオレはやめろと言ったんだ」

「あんなのあるなら最初に教えてくれてもいいんじゃないのか?」

「ん? 言ってなかったか?」

 シンとヒューゴの言い争いがまた始まった。


「随分と余裕だな」

 ギルダーはイライラしながら二人に言い放つ。


「今度はオレがやる。シンは隙を見て奴を叩け」

「あぁ。気をつけろよ、ヒューゴ」

 ヒューゴは小さく頷いて刀を鞘から抜いた。そしてギルダーめがけて一直線に向かっていく。


 ギルダーは岩を空中にいくつも出現させ、ヒューゴに飛ばした。ヒューゴは刀で岩を一刀両断しながら前へと進む。ギルダーはさらに魔法で岩の壁を作り、ヒューゴの進行を妨げた。しかしヒューゴはそれには全く動じず、岩の壁を刀で淡々と切り崩していく。


「隙って言ってもな」

 シンはヒューゴが戦っている姿をただ眺めていた。


 地属性高等魔法〝クレイフォーム〟


 あの魔法がある限り、俺はあの男に手も足も出ない。


 俺にできることなんて無いんじゃ……。


 いや、待てよ。


 最初に蹴りが決まったのは何故だ? 


 そうか! 意識外から攻撃したからか。


 ギルダーは俺の動きを確認してからあの魔法を使っている。


 もしそうなら、俺の動きを見られない状態なら反応できない。


 不意打ちなら当たるって事か。


「まったく、言葉が足りないんだよ」


 止まっていたシンの足が動き出した。

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