第3章

第39話 分岐点

 この先にあるものは一つしかない。


 まさか、バーツ邸の中にいるのか?


 それとも、この森のどこかに潜んでいる?


「とにかく行ってみるか」

 ひと息入れてから、シンは森の中に入った。しばらく道なりに歩いていると、突然森の中から何か音が聞こえた。シンは〝聴覚拡張〟の魔法で感覚を研ぎ澄ませる。


「何かいる」

 枝が何かに擦れる音がしている。動物が茂みの中で動いているのとはどこか違う。硬い物が枝を引きずっているような音だ。


 それが突然、森の中からシンに向かって飛びかかってきた。シンは咄嗟に左腕で自分の体を庇う。


「何だコイツ?」

 それはシンの左腕にしっかりと噛みついて離さない。よく見てみると、犬のような姿をしている。しかし、犬ではないことはすぐにわかった。それは全身金属で覆われていた。


「ロボット?」

 鎧を着た犬とも考えられるが、それはなさそうに感じる。というのも、それからは野生の獣特有の臭いがしなかった。それだけでなく呼吸音も聞こえず、シンにはこれがとても生きているとは思えなかった。


「まずいな。このままじゃ」

 左腕を噛みちぎられるのも時間の問題だろう。幸いユキトから貰った皮のジャケットでなんとか持ち堪えてはいるが、そう長くは耐えられない。


 シンは噛まれた左腕を自分の体に引き寄せる。それから右手で犬の胴体をしっかりと掴み、左腕を上に力一杯引き上げた。犬の首がギチギチと音を立てて、今にも千切れそうなくらい引き伸ばされる。


「もう……少し」

 さらに力を込めてシンは左腕を上げる。次の瞬間ブチッと音が聞こえ、いきなり腕が軽くなった。振り返ると犬の首から上が、遠くの空へ飛んでいくのが見えた。犬の体の方はその場でバタリと倒れて、動かなくなった。

 

「また、ユキトさんに助けられちゃったな」

 シンは自分の左腕を見てそう呟いた。噛まれたところを見ると、革ジャケットの表面が傷ついただけで中のシャツは無事だ。袖をまくって腕も確認したが、赤く跡が付いている程度で済んだ。


 襲って来た者の正体が気になって、シンは側にある犬の体をじっくりと観察してみた。見ると全身が銅色の金属で覆われている。


「これって、もしかして」

 シンはその金属を以前見たことがあった。


「これ……、グランニウムだ」

 グランニウム。この近辺の鉱山で採れる希少鉱石である。魔法耐性が高く、物理耐性が低いという特徴を持っている。


 シンは犬の腹部を拳で殴って、グランニウムの装甲を歪ませて胴体から外した。他の部位も同じ要領で装甲を剥がしていくと、木の素体が現れた。それはまるでデッサンでよく使われている球体関節人形のようだ。


「中身はどうなっているんだろう?」 

 剥がした装甲を曲げて、シンはナイフのような物を作った。シンはそれを使ってさらに解体を進めていく。


「ん? なんだこれ、どうなってるんだ?」

 装甲で作ったナイフで素体をくり抜いてみたが、そこには何もなかった。素体はただの木と糸を繋ぎ合わせた簡単な造りでできている。


 おかしい……。


 この人形、動力がない。


 しばらくシンが考え込んでいると、森の中からまた音が聞こえた。あの犬がもう一体来たと思ったが、今度は違う。シンはもう一度〝聴覚拡張〟の魔法で音に集中した。


 ザッザッと地面を歩く音がする。さっきとは全然歩くリズムが違う、しかし聞き慣れた音。これは恐らく、人が歩いている音だ。相手はシンに段々と近づいて来る。そしてそのまま森から道に出てその姿を現した。


 出てきたのは、シンと同じくらいの年齢の若い男。


 シンは警戒した様子で男を見る。


「待ってくれ、こちらに敵意はない」

 男は両手を上げて、シンの目の前まで歩いてきた。


「俺も争うつもりはないよ。手は下ろしてくれて構わない。それより、どうして森の中にいたんだ? ここで何かしてたのか?」

「驚かせてすまない。この先にある館へ行くつもりだったんだ」

 男の持つ雰囲気や立ち振る舞い、話し方からして、悪意がないように思える。シンは男の言葉を信じることにした。


「そっか。館には何をしに?」

「どうしても、取り戻したい物があってな」

 男は寂しそうな声と表情でそう言った。しかし、目だけは闘志に満ちていた。


「奇遇だな。俺もあの館には用があるんだ」

「そうか。そういえば、まだ名前を言ってなかったな。俺はガレオ・アレクサンドロだ」

 ガレオはシンに手を差し出す。シンはその手をとって、二人は握手を交わした。


「俺はシン・コウサカだ。なぁガレオ、俺たちの目的は同じだ。良かったら、一緒に館へ向かわないか?」

「そうだな。でも、今日はもう無理そうだ」

 ガレオは空を見上げた。シンも同様に上を見ると、空に鳥のような物体が飛んでいる。例によってあの魔法で見てみると、先程の犬と同じく銅色の装甲を全身にまとっていた。


「悪い、一旦引く」

 ガレオはシンがいる方とは別の方角を向いてそう呟いた。


「ガレオ、誰と話してるんだ?」

「俺の仲間だ。今から拠点に戻る。ここに居たら危険だ。シンも一緒に来てくれ」

 森の中に急いで入ろうとするガレオ。シンは道に放置していた犬の素体を抱えて、ガレオの後を追った。


「シン、そんなものを持ってどうするつもりなんだ?」

「なんか気になって。もっとよく見てみようと思う」

 ガレオは不思議そうな顔でシンを見た。


「そうか。シン、申し訳ないが少し急ぐぞ」

「あぁ、わかった」

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