第37話 虚栄

 それからシンは遠くに見える新都市を目指して歩き出した。旧市街地を出ると雑木林が一面に広がっている。そして、その先には大きな山が見えた。その山の中腹には平らな土地があり、そこに数多くの建物が立ち並んでいる。これがいわゆる新都市と言われる街である。


「遠いな」

 新都市までの距離は見た目以上に遠く、二十キロ近くは離れていると思われる。


「ん?」

 新都市の上空に何か飛んでいるのをシンは発見した。例によってあの魔法で注視してみると、それは竜のような生物だった。その背中には人と荷物が乗っている。それは他にもいくつかあって、人だけで飛んでいたり、箒や絨毯に乗って飛んでいる人もいた。


 山脈地帯に位置しているこの街グランウェルズでは、陸路での物資輸送が非常に困難で長年の課題となっている。その一方で、空路による輸送が発達しており、現在では物資のほぼ全てが空から運び込まれている。


「そうか」

 シンは空に飛んでいる人達を見てある事を思いついた。

 

 そういや、俺も飛べるはずなんだよな。


 (制空術の譲受、承認しました)


 転生者の男を倒した後、頭の中で聞こえてきた声を思い出す。


「少し試してみるか」

 シンは空を飛ぶ自分の姿を強くイメージした。すると、シンの体は想像した通りにゆっくりと宙に浮いた。思いのほかあっさり成功したのでシンは驚いた。


「けっこう簡単なんだな」

 感覚的には自動車やバイクを運転するのに近い。キーを使ってエンジンをかけ、操作をする。そんなイメージだ。


 このまま新都市まで一飛びで行きたいところだが、シンはやめておくことにした。万能を使えば瞳が赤くなる。もしその姿を誰かに見られでもしたら、大騒ぎになってバーツ邸に行くどころの話ではなくなってしまう。


 かと言って、あの距離を歩き続けるのも体力的に厳しい。そこでシンは雑木林の中を低空飛行で進むことにした。しかし、これがなかなか難しい。


「まずい!」

 上手く曲がりきれず、木や岩への衝突を繰り返しながらシンは前に進む。何度も試しているうちに徐々にコツを掴み、障害物を難なく避けられるようになる頃には新都市まであと数キロの地点まできていた。


 そこからシンは徒歩に切り替えた。雑木林の中で人目も特に無かったが、用心するに越したことはない。しばらく歩くと、新都市のある山の麓に到着した。その山は他の山々と比べて一際大きく、その存在感にシンは圧倒される。


「この上に行くのか……」

 緩やかな斜面を探してシンは山を登り始めた。所々に崖のような場所があり、まわり道をしていくと道のような場所が目前に現れた。


 道に沿って歩いていると、後ろから馬車のような乗り物が走ってきた。シンは道の脇に寄って、馬車を先に行かせる。馬車はシンを追い越さず、真横で停止した。


「おい兄ちゃん、もしかしてグランウェルズに行くのか?」

 馬車に乗った年配の男がシンにそう尋ねる。


「はい、そうです」

「歩きじゃ無茶だ。乗っていけ」

 願ってもない提案にシンは乗ることにした。


 木製の四輪の荷車にダチョウのような生物が皮のベルトで繋がれている。荷台の前の方には男が座り、その後ろには木箱がいくつか積まれている。その荷台の後方に一人分座れるくらいのスペースがあり、シンはそこに乗り込んだ。

  

「なぁ兄ちゃん、なんであんなところにおったんじゃ?」

「グランウェルズにいる知り合いに会いに行こうしたんですけど。途中で道に迷ってしまいまして」

 手綱でダチョウのような生物を器用に操りながら、男はシンと話をする。

 

 よくよく聞いてみると、どうやら男はシンが盗賊に遭ったものだと思っていたらしい。それで不憫になって馬車に乗せようと思ったそうだ。


 馬車の車輪から伝わる振動が心地よくて、シンは荷台でいつの間にか眠ってしまった。


「兄ちゃん、着いたぞ」

 男の呼びかけで、シンは飛び起きた。


「すみません、俺寝ちゃったんですね」

「別に気にせんでいい」

 シンは荷台から降りて、ユキトから貰った紙幣を一枚取り出して男に渡した。


「乗せてくれてありがとうございました。これ、気持ち程度ですが」

「いや、いい。そんなつもりで乗せとらんわ」

 男はシンが手渡した紙幣を突き返してきた。


「だったら、あれひとつください。おじさん、商人なんですよね?」

 シンは荷台に乗っている木箱を指差してそう言う。男は木箱の中から果物みたいなものを取り出してシンに見せた。


「これは?」

「エルパだ。完熟しているから甘くて美味いぞ」

 見た目だけで言うと色以外はリンゴに近い。シンはそれをひとつ買った。


「まいどあり。お釣りは、えぇと……」

「いいですよ。運賃として貰っておいてください」

 男はそれでも釣り銭を渡そうとしたが、シンの押しに負けてその手を引いた。


「すまんの、兄ちゃん。知り合いにちゃんと会えるとええな」


 男は馬車に乗って街の奥へと進んでいく。シンは一礼して、その場で男を見送った。足元には土の地面。一歩踏み出すと石畳がずっと先まで伸びている。どうもシンが今ここ立っている場所が、道と新都市の境目のようだ。


 シンはその石畳の上に広がる景色をじっくりと眺めた。


「ここが新都市、グランウェルズ」



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