第36話 目指す場所は

 いつものようにエレナが朝の検診に来た。

 

「はい、問題ありませんね」

「ありがとうございます。エレナさん、これお返しします」

 検診が無事に終わると、シンはエレナに預かっていた写真を返した。


「えっと、はい」

 エレナは何に使ったんだろうと一瞬思ったが、口にするのをやめた。それよりもシンに伝えたいことがあった。


「シンくん、今日でもう退院するんですね」

「そうですね。なんか、あっという間でしたね」

 シンはいつもと同じ調子で話す。


「もう、会えないの?」

 そう言ったエレナの声は今にも泣き出しそうだった。


「俺はこれが最後だとは思ってないですよ。なんとなくですけど、エレナさんとはまた会える気がします」

 そう言ってシンは屈託のない笑顔を浮かべる。


「シンくん……。あの、これ」

 エレナは自分の服の胸元に手を入れて、そこから何かを取り出してシンに手渡した。


「これを、俺に?」

 それは紅い宝石の付いたペンダントだった。シンの問いかけに、エレナは少し俯きながら小さく頷く。

 

「……はい。も、もらって、くれませんか?」

 その手は小さく震えていた。


 シンは迷わずペンダントを受け取った。


「ありがとうございます。でもいいんですか? とても大切な物のように見えますけど」

 エレナは大きく頷く。


「だから、シンくんに持っていて欲しい」

「そうですか……、わかりました。ありがとうございます。大切にしますね」

 シンは早速、貰ったペンダントを首にかけた。

 

「どうですか? 似合ってます?」

「うん……、すごく似合ってる」

 その時のエレナの笑顔は、シンがこれまで見た中で一番眩しかった。


 それからシンは着替えを済ませて、エレナの付き添いで病院の玄関まで向かった。見送りにはエレナの他にウィリアム先生が来てくれた。


「シン君、元気で」

「はい」 

 ウィリアム先生はそう言って、シンに右手を差し出した。シンはそれを両手でしっかりと握って、先生とかたい握手を交わす。


「シンくん、またね」

「はい、また」

 エレナは胸の前で小さく手を振った。シンはエレナに軽く会釈をする。


 エレナとウィリアム先生の後ろにふと目をやると、そこから少し離れた廊下の影からミアが顔を覗かせていた。ミアはシンの視線に気がつくと、ぎこちなく笑って両手で小さく手を振った。シンはそれに応えるように、はにかむような笑顔をミアに向ける。そしてほんのわずかな時間、二人は見つめ合った。


 それからシンは三人に向かって深々と頭を下げて、病院の外で待っているユキトの元へ向かった。


「シンくん、退院おめでとう。服、いい感じだね」

「ユキトさん、ありがとうございます。上着と靴までいただいてしまって、すみません」


 白いシャツのようなトップスに茶色のボトムス。足元は黒色の厚手の皮のブーツ、上着に黒色の皮ジャケットというスタイル。まるでバイカーのような出立ちである。


「いいよ。外も寒くなってきたからね、シンくんが風邪でも引いたら大変だ。あとこれ、ハルがシンくんに渡して欲しいって」

 ユキトはそう言って一冊の分厚い本を取り出してシンに手渡した。本の表紙には〝モンスター大全〟と書かれている。


「こんなに良い本、いただいてもいいんですか?」

 高級感溢れる見た目で手触りも良く、装丁がかなり凝っているのが本を持っただけでよくわかる。

 

 あの時、動物クイズに全然答えられなかったからな。これで勉強しろってことか。


「もちろん。実はこれ、ハルのお気に入りの本だったんだ。それをあげるなんて、シンくん相当気に入られたみたいだね」

「それは嬉しいですね。では、本はありがたく頂戴します。ハルちゃんにお礼言っておいてもらえますか?」

 ユキトはうんと首を縦に振って、またシンに何か差し出した。


「それとこれ、ウィリアム先生に返さちゃってね。シンくんに渡しておくよ」

 ユキトがシンに一通の封筒を差し出した。中を見ると紙幣のようなものが束になって入っている。


「え? これお金ですか? どうして?」

「手術の話、先生から聞いたよ。自分には何もできなかったから、お金は受け取れないってさ」

 シンは思い詰めたような顔でユキトを見る。


「そんな。俺も受け取れないですよ。それにこれはそもそもユキトさんのお金ですから」

「それを言うなら、これは元々はシンくんの治療費だ。君にために使ったお金なんだから、もう君の物だ」

 返す言葉が思いつかず、シンは何も言えなくなってしまった。結局、封筒はシンが受け取った。


「ありがとうございます」

「いいんだ。僕はもう行くよ。前にも言ったけど、用事が済んだらすぐにこの街から出るんだよ。それじゃ、気をつけて。また、どこかで会おう」

 ユキトさんはそう言って去って行った。シンはその背中をしばらく見送っていた。


 シンの次の行き先は、すでに決まっている。


「行くか、バーツ邸」

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