第34話 白衣の天使

「え! そうだったんですか?」

 シンが急に大声をあげたせいでミアが小さく飛び上がった。


「ちょっと、驚き過ぎじゃないですか? そうですよ。エリザベスさんは私たちの中で飛び抜けて優秀でしたから、先生の手術のサポートをしていたんです」

 シンの頭の中にまた一つ疑問が浮かんだ。


「じゃあリザさんが、病院を辞めたのって」

「コーサカさんの手術の日の翌日ですよ」

 肩を落として呆然とするシンを見て、ミアも元気を失った。


 そうか俺、リザさんにも助けてもらってたんだな……。


「……ごめんなさい。こんなこと、話すべきじゃなかったですね」

「いいや、これは朗報だよミアさん! 危うく俺はこのまま、自分の命を救ってくれた大切な一人の恩人を知らずにいるところでしたよ」 

 シンは大喜びしながら、ミアの手を握ってブンブン振り回した。


「もう、どんだけ律儀なんですか。わかりましたから、もう手、離してもらっていいですか?」 

「うわっ、すみません」

 シンは平謝りしながら、慌ててミアの手を離す。


「そういうの、他の女の子にはしない方がいいですよ」

「はい、気をつけます。すみませんでした」

 ミアは素っ気ない口調でそう言った。シンも冷静になって、猛省する。


「そんなに真剣にならなくても……。ふふっ、コーサカさんはやっぱり面白いです。もっと早く話しかければ良かったですね」

「ミアさん?」

 シンは一瞬ミアが天使のように見えた。無邪気で優しくて、ほんの少し切なさを感じさせるような。そんな顔でミアは笑っていた。


「コーサカさんの退院が決まったそうですよ。予定は明日から三日後の朝です」

「そう……ですか」

 喜ぶべきところのはずなのに、シンは浮かない顔をした。ミアが気になって尋ねる。


「嬉しくないんですか?」

「そのはずなんですけどね。なんか、名残惜しくなっちゃいました」

 シンはミアの目を真っ直ぐ見つめて言う。


「そんな目で見ても退院は延びませんよ。お食事、冷めちゃいますから早く食べください。それでは、お皿はまた後で取りに来ます」

 ミアはそう言って足早に部屋を出た。


 シンは食事の後、猛烈な眠気に襲われてそのまま眠ってしまった。


 翌日の朝の検診にはエレナが来た。


「シンさん、先日は申し訳ございませんでした。私、取り乱してしまって。それに昨日も突然休んでしまって。迷惑、でしたよね?」

 エレナの雰囲気がいつもと違う。妙によそよそしい。今日初めて会った人間と話しているようだ。


「迷惑なんてそんな。俺は嬉しかったですよ。俺の事、信用してくれてるんだなって思って」

 シンは普段通りの態度でエレナに話しかける。


「ありがとうございます」

「あの、エレナさん」

 浮かない顔をしたエレナに、シンが落ち着いた口調で言う。


「はい?」

「いつも通りに接してください。いつものエレナさんが、俺は好きなので」

 エレナは目を大きく見開いた。その後小さくため息をつきながらシンを見る。


「シンくん……。どうしてそんなに……」

「ん?」

 目を潤ませながらエレナはシンを見つめる。


「ううん、何でもないです。それより検診しないとですね」

 エレナはすぐにいつも通りの笑顔に戻ってそう言った。シンはほっと胸を撫で下ろす。


 もうこの人を泣かせるようなことは、あってはならない。


 シンはこの時、深くそう思った。


「はい、問題ないですね。シンくん、聞きましたよ。明後日、退院するんですね」

「はい」

 もう心の整理がついていたシンは、はっきりとした口調でそう答える。だが、エレナの方は違った。


「医療に従事している人間が、こんな事を言うべきじゃないってわかってます。でも、シンくん……。私、寂しいです」

 エレナがシンの手をそっと握りながら言う。


「それは、俺も……」

 シンが何か言いかけた時、部屋の外からノックする音が聞こえた。エレナは咄嗟にシンの手を離す。


「はい、どうぞ」

 ドアは開けて入ってきたのはユキトだった。ユキトはエレナに一礼してから部屋に入る。


「ユキトさん、いつもありがとうございます」

「シンくん、聞いたよ。退院するんだってね」

 嬉しそうな顔でユキトはシンに話しかける。


「はい、おかげさまで」

「僕は特に何もしてないけどね。それよりシンくん。ちょっと、外の空気でも吸いに行かないかい?」

 ユキトの提案で二人で庭へ向かった。エレナはユキトに遠慮したのか、庭へは行かずに事務室へ戻った。


「ユキトさん、もしかして俺に何か話でも?」

「察しがいいね。そうなんだ。シンくんの退院後のことだけど。どこか行く宛はある?」

 それに関して、シンには思うところがあった。


「この近くに知り合いがいるので、訪ねてみるつもりです」

「そっか……。シンくん、用事が済んだら早くこの街から出た方がいい」

 ユキトは声を落としてシンにそう忠告する。鋭い目つきに険しい表情、ユキトがこんなに鬼気迫っているところをシンは初めて見た。


「どうして、ですか?」

 ミアの話でおおよその予想はついていたが、シンはユキトの意見も聞いてみることにした。


「アルフレド・バーツがこの街にいるからだよ」

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