第33話 命の恩人

「ミアさん、ちょうど良いところに」

「なんですかもう、そんなに私に聞きたいことがあったんですか?」

 ミアは目を輝かせながら言う。


「先生の部屋がどこにあるか知りたいです」

「あ、院長室ですね。案内しますよ。何ですか? ウィリアム先生に何か相談でもあるんですか? 相談なら私にしてくれてもいいんですよ?」

 詰め寄るミアの勢いに押され、シンは体をかすかにのけぞらせた。


「ただ治療してくれたお礼を言いたいだけですよ」

「そうですか。律儀な人ですね」

 ミアが若干おとなしくなった。期待していた内容ではなかったようだ。


「っていうか、先生の名前ウィリアムさんっていうんですね」

「知らなかったんですか? ウィリアム・ブラウン先生。医療魔法業界ではちょっとした有名人ですよ」

 なぜかミアが得意げな顔をして言う。


 これは、誘ってるな。


「そうなんですか」

 なぜこんな街にそんな人が、とシンは思ったが、これを言うとそのままミアに捕まりそうなので聞くのをやめた。もし誘いに乗ったら先生にお礼の挨拶をする予定が流れてしまいそうな予感がした。


「つれないですね。着きましたよ。ここが院長室です」

 ミアは案内が終わるとあっさり仕事に戻っていった。シンがドアをノックすると、中からどうぞと声が聞こえた。それに従ってシンはドアを開けて部屋に入る。


「シン・コウサカ君だね。どうかしたのかな?」

 椅子に座ったまま、先生は小さく微笑んでシンに声をかける。こじんまりした部屋に大量の本棚と机と椅子。本棚には難しそうな本がびっしり詰まっている。


「先生、助けてくれてありがとうございます」

「それは医療に携わる者として当然のことだ。それに君に礼を言われる資格が私にはない。私は君に謝らなければならない。シン君、本当に申し訳ない」

 先生は険しい顔でそう告げて、シンに深々と頭を下げた。


「先生、どうして謝るんですか?」

「君がここへ運ばれてきた時、私は君の体を見てもう助からないと思った。あの時、君の腹部の肉は抉れていて内臓が剥き出しの状態だった。さらに内臓も一部が激しく損傷していた。それに身体中が酷く熱を帯びていて、呼吸と心拍もほぼ停止していた。まだ生きているのが不思議なくらいだったよ」

 先生が語った内容があまりに衝撃的過ぎて、シンは言葉を失った。


「え…………?」

「無理だと思いながらも、私は魔法、魔術、古術と使える術は全て使って治療をした。その結果、君は奇跡的に一命を取り留めた。医療の世界に長年いれば、その人間が助けられるかどうかぐらい体を診ればすぐにわかる。だがあの時だけは、今だに君がどうして助かったのか、私にはわからないのだ。こういうことは稀にあるが、君のは奇跡とかそういう次元を明らかに超えている」

 シンはなんと言っていいかわからず、ただ先生を見ていた。


「先生……」

「君が完治したら、謝ろうと思っていた、ずっと。シン君、すまなかった。私は君を救うことを諦めた。医者失格だ。本当にすまない。この通りだ」 

 先生は泣きながらシンに土下座をした。シンは慌ててすぐに先生の体を起こす。


「ちょっとやめてください。何でそうなるんですか。先生は全然諦めてなんかないですよ。本当に諦めていたら治療なんてしないでしょ」

「いや、これは私の心の問題なんだ」

 先生はそう言って断固として譲らない。


「俺がいいって言ってるんです。この話はこれで終わりにしましょう」 

 シンはつい口調を荒げてしまったが、すぐに諭すように先生宥めた。先生はそんなシンの様子を見て、落ち着きを取り戻した。


「取り乱してすまなかった。君がそう言うならそうしよう。なら今度は礼を言わせて欲しい。シン君、医者として最も大切なことを私に教えてくれてありがとう。今回の件で身に染みたよ。魔法は決して万能ではない。当たり前のことだが、どうやらそれを私はいつの間にか忘れていたようだ」

 先生が穏やかな顔になって言う。


「俺を診てくれたのが、ウィリアム先生で良かったです」

 シンは一点の曇りもない笑顔でそう言った。


「シン君……。君はもしかしたら、神に生かされているのかもしれないな」


 先生との挨拶が済んでシンは病室に戻り、それからずっと考え事をしながら窓の外を眺めていた。

 

 その日の夕方、ミアが食事を持って部屋に入ってきた。


「コーサカさん、お食事をお持ちしました」

「ありがとうございます。あの、ミアさん」

 シンの呼びかけにミアは体をピクッとさせた。


「どうしたんですか? 何か気になることでもあるんですか?」

 ミアが前のめりになってシンの次の言葉に期待する。シンはふと気になったことをミアに聞いた。


「俺がこの病院に運ばれてから、どれくらい眠ってました?」

「そうですね。カルテによると、十日間みたいです。ちなみにコーサカさんが眠っている間、ずっとエレナが身の回りのお世話をしていたんですよ。たまに話しかけたりとかしてて。コーサカさんが起きた日なんて、事務室で大騒ぎしてましたからね」

 そう言いながらミアはふふっと思い出し笑いをした。


  そうだったのか、エレナさん……。


「それにしても回復して本当に良かったですね、コーサカさん。手術も相当な困難を極めたと聞きました。あの二人があんなに頭を抱えてるところ、初めて見ましたよ」

「あの二人って?」

 シンの様子を見て、ミアはあぁと小さく声をあげた。


「ウィリアム先生とエリザベスさんですよ」

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