第22話 万物を司る能力

 男はさらに上空へ、そして神坂から距離を取るようにして後退した。真正面から突っ込んでくると思っていた神坂は面を食らって、その場で硬直する。

 それから男は神坂に向かって右手をかざした。何か来ると思った神坂は瞬時に横に飛び退くが、特に何も起こらない。

 

 と思った次の瞬間、神坂の体は炎に包まれ吹き飛んだ。五メートルくらい空中を舞って、それから地面で六回転ほどしてようやく止まった。


「痛っ、何が起きたんだ?」

 神坂がついさっきまで自分のいた場所に目を向けると、あるのは炎と煙の塊。どうやら爆発で遠くに飛ばされたようだ。


「どこだ?」

 空を見上げて男を探す。爆発が起きた周辺の上空に、見つけた。最初の位置からほとんど動いていない。

 男はまた神坂へ向けて右手をかざした。今度は一目散に神坂はその場から離れる。が、間に合わず、神坂はまた爆発で飛ばされた。回避が早かったおかげか、さっきより飛距離は短い。


 神坂はすぐに起き上がり、とにかく走った。神坂が通った後には連続して爆発が起きている。まるで爆発そのものが意思を持って追いかけて来ているようだ。


 これが、この男の万能なのか。


 心臓の鼓動が段々と早くなる。死を明確に意識した神坂は顔を引きつらせて、苦笑いを浮かべた。


 もしかして、ビビってるのか?


 生きるのに疲れたんじゃなかったのかよ。


 いや、もうそんな事はどうでもいい……。


 今はとにかく、逃げるしかない!


「意外と頑丈だな。それに逃げ足だけは速い」


 なんか失礼なこと言ってるな。


 こんな時になんだけど、にしても凄いなこの〝聴覚拡張〟の魔法。


 神坂と男との距離は百メートル近く離れている。通常なら話し声など聞こえるはずもないが、神坂はルーカスから教わった聴覚拡張の魔法で、遠くの微かな音を聞き取ることができるようになっていた。この街に着くまでに、神坂がルーカスとのサバイバル生活で得た技能のうちのひとつである。


——交易の街ランテス到着より、数週間前。


「シン、自然界で生き残っていく上で、最も重要な能力は何かわかるか?」

「えぇと……、生命力ですか?」

 ルーカスは、目を瞑って関心しながら頷く。


「それも大事だな。だが生死を左右する状況で一番必要な能力は、危険予知能力だ。弱肉強食の厳しい世界で動物たちが生きていくためにすべきことは、そもそも危険遭わないようにすることだ。それが最も生存率を上げる」

「へぇー」

 神坂はルーカスによる連日に及ぶサバイバル教室の疲れで、半分寝ぼけながら話を聞いていた。


「ということで、今からお前に二つの魔法を教える。ひとつは遠くて小さな音でもはっきりと聞き取ることができる〝聴覚拡張〟の魔法だ。それと、もうひとつは……」


————————現在、転生者の男と交戦中。


 どうしてこんなことを俺に教えてくれるんだろう、と思ってた。


 こうなることを、ルーカスさんはわかってたのかな?


 もっと、情報が欲しい。


 せめて、相手の能力の正体が何かわかりさえすれば。神坂は走りながら、男の姿をじっと観察していた。


 相手が万能を使っているのは間違いない。


 何故、神坂はそう考えたのか。神坂はずっと男の目を見ていた。遠方にあるものを細部まで視認できる〝強化視野〟の魔法。それを使って神坂は男の一挙手一投足に気を張っていた。

 

 それでわかったことは、男の瞳は常に赤色だということ。ルーカスさんによると転生者は万能を使用している時、瞳が赤色に変色する。つまり、相手は常に万能を使用しているということになる。

 

 恐らく空を飛んでいるのは、万能の力によるものだ。神坂が男と出逢ってから、男が地に足をつけたところを一度も見ていない。つまり、男は最初からずっと宙に浮き続けている。そう考えると、男の万能は空を飛ぶ能力と結論付けるのが妥当だ。


 なら、あの爆発する能力は何だ?


 これも万能? それとも魔法なのか?


 どちらにしても、この能力の正体を突き止めなければ。


 攻略法は必ずあるはず。


 考えることをやめるな。


 現状を打開できる術を考えろ。


 このままじゃ俺は、あの男に勝てない。

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