第21話 幕開け

 男は足に本革の長いブーツを履き、服は上下とも制服らしきものをしつらえた軍人のような出立ちをしている。服の襟元を少し開けたり、袖口を捲ったりと所々に着崩していて、不良っぽい印象を神坂は受けた。


 瞳の色は、宝石のように綺麗で透き通るような赤。


 年齢は二十代前半から後半くらいだろうか。悪戯に笑いながら、男はその眼で神坂を見下ろしている。神坂はどこか馬鹿にされた気分になった。


「あんた、転生者なのか?」

「わかりきったこと聞くなよ」

 男はわかりやすく悪態をついた。予想通りの反応だ。神坂はそれに臆することなく会話を続ける。


「これ全部あんたがやったのか?」

「あぁそうだ。お前、何が言いたい?」

 苛ついているのがはっきりわかるくらいの鋭い目つきとドスの効いた声が、神坂に向けられる。しかし神坂は、怯まない。


 いつもなら相手を適当になだめて穏便に済ますところだが、この日の神坂は違った。

 

「どれだけの人が犠牲になったと思ってるんだ。これを見てあんたは何も感じないのか?」

「いいだろ別に。誰も死んでねぇんだから」

 神坂の矢継ぎ早な質問にうんざりしたのか、男は面倒くさそうな声で言う。反省の色がないのは明らかだった。


「どうしてそう言い切れる?」

「俺がそうなるよう制御した。ちゃんと確認もとってある」

「確認?そんなのどうやって」

「わかるんだよ、俺にはな」

 さっきまで終始不機嫌そうな顔だった男が、今度は含みのある笑みを浮かべた。


「じゃあ聞くが、お前はここに来るまで実際に死んだ人間を見たのか?」

「いや」

 確かにあれだけの被害があったにしては、亡くなった人を目撃することはなかった。


 でも……。


「死ななきゃ何をしてもいいのか?」

「命より大事なもんなんてあんのかよ。生きてるだけマシだと思ってほしいくらいだ」

 男は悪びれる様子もなくそう言い放つ。神坂は心の中で静かに怒りを燃やしていた。


 ここに来るまでに見た光景を神坂は思い返す。


 人は時に自分の命と同じか、それよりも大切なものを持っていることがある。


 それを奪われた時、人はそれでも生きていて良かったと思えるのだろうか。


「何のために、こんな事を」

「そんなの決まってる。お前を探してたんだよ。転生者同士が出逢ったら、やることはひとつだ。そうだろ?」

 にこやかな表情で男はそう言うが、目はどう見ても笑ってはいなかった。神坂は男から強い殺気を感じて身構える。


「いや、ふたつだな。お前の持っている〝万能〟を俺に渡せ。そうすれば、苦しまずに済む」

 それを聞いた神坂はある事を確信する。

 

 万能……、その言葉を神坂は知っていた。


 この世界へ来た時に聞いた言葉だ。


 万物を司る能力、成る程そういうことか。


 万能とは、転生者だけが持つ特別な力。


「それは、できない」

 どんな能力かはわからないけど、この男にだけは渡してはいけないと神坂は強く思った。


 この男は、間違っている。


「なら残る選択肢はひとつしかないな」

 雰囲気が変わった。男の表情が一気に険しくなる。神坂は咄嗟に後ずさって、男から距離を取った。


 これまでの会話ではっきりした。


 やっぱり俺も転生者なのか。


 そして、これから始まるのは恐らく……。


 転生者同士の、殺し合いだ。

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