第1章

第17話 追憶

 その日、神坂新一は夢を見た。


 そこはとあるオフィスビルの一画。

「はい、そうですか。では、また」

 神坂は、そう言って電話を切る。


「神坂君、どうだって?」

 スーツ姿の年配の男が神坂に心配そうな声で尋ねる。


「部長、今回は見送るそうです。」

「そっか、まぁ仕方ないね。神坂君、次だ次。切り替えていこう」

 契約が取れなかった神坂を、部長は優しく励ました。


 それから場面は変わって、いつの間にか神坂は結婚式場にいた。

「おぉ、神坂! 今日は来てくれてありがとう。お前のスピーチ最高だったぞ」

 そう満面の笑みで話しかけてきたのは、幼馴染でこの結婚式の新郎の北岡。


「こちらこそ、呼んでくれてありがとう。俺も北の晴れ姿が見られて嬉しいよ」

 神坂がそう言うと、北岡は目に大粒の涙を浮かべた。


「お前には本当に感謝してる。あの時お前が背中を押してくれなかったら、今日という日は来なかったかもしれない。お前のおかげだ。ありがとう」

 北岡は声を震わせながら、神坂とかたい握手を交わす。そしてすぐさま神坂の肩を強く抱いた。


 場面はまた変わって、今度は夜のコンビニに神坂はいた。

「三点で七百九十四円になります」

 神坂は財布から小銭を漁って、結局千円札で会計を済ました。


 暗く人気のない住宅街を一人で歩く。


 神坂は夜空を見上げて、深くため息をついた。


 さらに場面は変わり、次は見たことのない景色、見たことのない植物と動物たちがいる小高い丘の上。


「これが、異世界」

 神坂は、その美しさに言葉を失う。


 しばらくその景色に見惚れていると、上からバサバサっと大きな音が聞こえた。それからすぐ目の前に、翼の生えた巨大な犬のような獣が降り立った。その獣は歯を剥き出しにしてこちらを睨んでいる。


「そのまま動きを止めて、絶対に目を逸らすな」

 偶然その場に居合わせた初老の男が、神坂にそう指示する。


 言う通りにすると、獣はどこかへ飛び去っていった。


「俺はルーカスだ」

「俺は、新一っていいます」


「じゃあ、シンだな」

「よろしくお願いします」


 また場面が変わった。今度は異世界の川のほとり。

「なんだこれ。これ俺なのか?」

 いつの間にか金髪に青い瞳の青年の姿になっていた神坂。二十九歳独身の面影はもうそこにはなかった。


「この世界で生まれ変わったってことなのか?」

 川の水に映る自分の姿を見て、神坂は自身の置かれている状況をなんとなく理解する。


 ここで神坂はようやく目を覚ました。


 起き上がると、すぐ目の前に巨大な川が流れている。


 ここは、異世界。


「あれ? 俺、寝てたのか。今の夢……」

 それはまるで神坂のこれまでの人生を凝縮したかのような夢だった。それは夢というより。


 なんか、走馬灯みたいだったな。


「シン、今起きたのか」

 神坂の真後ろから声がした。見るとルーカスが座りながら焚き火の後始末をしていた。


「おはようございます。すみません、遅かったですか?」

「いいや、俺もちょうど今起きたところだ」 

 

 神坂は眠気を覚まそうと川の水で顔を洗う。水面に映るのは綺麗な顔をした金髪の青年。


 まだ、慣れないな。


「シン、そのままでいいから聞いくれ。次の目的地なんだが」

 ルーカスが川に向かって首を傾げているシンの背中に向かって話しかける。


「この先にある街へ向かうぞ」


 異世界の人たちが暮らす街か。


 どんなところなんだろう。


 神坂は期待に胸を躍らせた。


 が、それと同時に妙な胸騒ぎもしていた。


 それは予感というよりも、ほぼ確信に近かった。


 複雑な感情に包まれながら、神坂は首を縦に振った。

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