第8話 楽園

 電車は三両編成で、田舎でよく走っているタイプの車両のようだ。扉が開いたので、神坂は電車に乗り込む。


 内装も特に変わったところはなく普通。自分以外に乗車している者はなく、車内は静寂に包まれている。神坂は適当な座席を見繕って腰を下ろした。


 途端に扉が閉まり、電車はゆっくりと走り出す。


 ガタンゴトンと規則的なリズムで大きな音を立てながら、夕暮れの田園を快走する電車。ローカル線特有のこの乗車感がやけに心地良い。車内をじっくり眺めてみると、路線図や中吊り広告が掲示してあったが、これも駅同様に日本語ではないようだ。

 

 しばらくして電車は、一つ目の駅に停車した。どうやら車内を見ている間に風景が変化していたらしい。窓の外は山々に囲まれ、線路脇には大きな川が流れている。景色はさながらカナディアンロッキーを彷彿とさせる。そして空は澄み渡った青空。雲ひとつない快晴。


 そんなはずはない。

 

 ついさっきまで夕暮れだった。時間の流れ的に次は日が沈んで夜になるはず。どう考えてもおかしい。時間が逆行している。

 

 しかし、神坂はなぜかその異変に気がつかない。この時の神坂は、どこかセンチメンタルでノスタルジーな気分に満たされていた。


 それから電車はそのまま山岳地帯を走り、長いトンネルに入った。辺りが暗くなり、すぐに車内灯がついた。神坂が窓の外に目を向けてみると、そこには漆黒の闇があった。暗いというより、純粋な闇。ずっと見ていると吸い込まれそうな気がした。

 

 トンネルを抜けてすぐに二つ目の駅へ到着。駅の向こう側には海が広がっている。爽やかな眩しい朝の光りに、透き通るような海面が照らされて、宝石のように輝いている。反対側は断崖に沿って、レンガや石造りの家がいくつも建っている。まるでイタリアのアマルフィのような街並みだった。


 異様なのは時間軸だけではない。本来なら文化も地形も全く違う場所がここまで隣接していることなど有り得ない。しかし神坂は特に違和感を覚えることはなかった。車窓から見える景色のあまりの美しさと壮大さに飲まれ、神坂の感覚は完全に麻痺していた。


 そこから電車はしばらく海岸線を進み、やがて街中へと入っていった。そして、そのまま街の中心地らしきところで停車した。石畳みの広いホーム。レンガ造りで荘厳な雰囲気を纏った駅舎。例えるなら、ロンドンのキングス・クロス駅といったところだろうか。


 神坂の体感で乗車してから二時間以上は確実に経っていた。ようやく三駅目までたどり着いたが、もう少し乗っていたかったようにも思った。神坂はまるで電車で世界を旅しているような気分を味わっていた。


 後ろ髪を引かれるような思いで、神坂は電車を降りた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る