第3話 カラオケ参加表明

 次の日から、黒柳が何か行動を起こすのかと気が気でなく、彼女の行動を気にしていたが、普通の女子高生らしく、友人達と話をしたり、勉強したりして、おかしな行動は見られなかった。クラスメイトの誰とも分け隔てなく接する彼女は、僕なんかよりもよっぽどクラスに溶け込んだように見える。それは武田に対しても、同じように仲良くなったで、たまに話をするのを見かける。

 だからと言って、屋上以外で彼女が僕に積極的に話しかけてくることはなかった。

 屋上でも、

 もしかしたら、あの日の出来事は夢だったのではないかとさえ、疑い始めていた。

 そして、週が明けた月曜日、クラスのリーダー的男子、高橋がホームルーム終了後、みんなに声をかけた。


「なあ、今度の土曜日にクラスの親睦を兼ねて、カラオケに行こうと思うんだけど、みんな来てくれるよな」


 授業は終わり、各々自分の用事のために準備をしているクラスメイト達は、彼の言葉に立ち止まった。


「場所と時間はどうするんだ?」


 野球部の田中がそう聞いたのは当然だった。甲子園を狙っている野球部にとって、練習をサボる事なんて出来ない。練習のない時間かどうかが気になるし、あまり遠いようだと参加が難しいのだろう。かといって、みんなでカラオケに行きたいという気持ちもあるのは、普通の高校生男子としては当たり前だろう。女子も来るだろうから、これを機に意中の女子と距離を詰めたいという気持ちもあるだろう。


「水曜日までに参加人数を確定して、店は予約するから、それまでに連絡してくれ。連絡無しは不参加と見なすから、気をつけてくれよ。後から悔やんでも知らないからな」


 今時、携帯のメールで流せば良いのにわざわざ放課後を狙って言うということは、この提案は誰が発案者かみんなに主張しているようだった。そうすることで、クラス内の地位を主張しているのだろう。そんなマウント取りのイベントに付き合うのもばかばかしいと、僕は他人事のようにクラスの様子を眺めていた。

 クラスメイト達は誰が参加するのか、それによって自分も参加するかどうか牽制し合っているようだった。そしてクラスメイトの男子も女子も、二人の女子の動向が気になっているようだった。

 一人は陸上の王子様こと武田英里子である。

 彼女は他の女子からどうするか聞かれて、部活の時間と重ならなければ考えると答えていた。武田が参加するかどうかで参加者の数が大幅に変わるだろうから、時間は彼女の都合に合わせるだろう。

 そしてクラスメイトの新たな注目の一人は、僕に恋の魔女と名乗った黒柳月子だった。

 武田とは真反対な正統派の美少女の動向は、特に男子達が注目していた。アイドルだといわれても信じてしまいそうなほど、可愛いから仕方が無いのかも知れない。そんな彼女は転校して以来、女子を中心に仲良くなってきているが、それほど男子とは交流を持っていないようだった。だからこそ、彼女が参加するとなると、彼女に近づきたい男子はこぞって参加するだろう。

 僕がそんな事をぼんやりと考えていると、菊池は少し悩んだ顔を見せて、僕の方に歩み寄ってきた。

 それまで距離を置いていたような態度を取っていた彼女が、珍しい物だと思っていると、机に両手を付いて、僕に話しかけてきた。


「菊池君は参加するの?」


 そんな彼女の行動がクラスをザワつかせた。今年一番の注目の転校生が、クラスの中でも地味な男子の動向を気にかけている。あの日の屋上の出来事を知らない他のクラスメイトは僕達の接点を知るよしもなく、ただ、唖然としていた。


「いや、行く気は無いけど」


 別にクラスメイトと仲良くなりたくない訳ではない。しかし、自分が行っても場違いなだけな気がする。それにカラオケに行く時間を、屋上の植物の世話や読書に充てたい気持ちの方が大きい。それに、僕が参加をしなくても誰も困らないだろう。

 そんな僕の返事を聞いて、黒柳は他のクラスメイトに聞こえるように少し大きな声で言った。


「じゃあ、私も不参加かな」

「ちょっと、黒柳さん。別に菊池が行かなくたって、良いじゃ無いか。おい、菊池、せっかく新しいクラスの親睦会なんだから参加しろよ。どうせ暇なのだろう」


 カラオケ大会を言いだした高橋が慌てて、俺達に言った。僕はともかく、黒柳が来るかどうかで、男達の参加率は変わると分かっているだけに高橋も必死だった。もしかしたら、高橋自体が黒柳の事を狙ってこんな会を言い出したのかもしれない。

 だとしたら、そんな事に僕を含めてみんなを巻き込むのはどうかと思う。

 しかし、黒柳は高橋と同じように僕に参加を勧めてきた。


「そうよね。せっかくだから菊池君も一緒に参加しましょうよ。行ってみたら案外、新しい出会いがあるかもよ」


 そう言って、黒柳は他の人から見えないようにウィンクをして見せた。普通にしていれば、僕がカラオケに参加しないと気が付いた黒柳はわざとみんなの前で声をかける事によって、半強制的に参加をさせようとしてきたのだろう。

 黒柳の言葉によって、クラス全体の雰囲気は僕の不参加を許してくれそうになかった。

 とりあえず参加して、十分もすれば高橋にお金を渡して帰ってしまえば良いだろう。


「わかったよ。参加するよ」

「じゃあ、私も参加ね。よろしく、高橋君」


 黒柳の言葉に、クラスの男どもが歓喜の声を上げた。

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