37. ヴァージナスフィメール

 ステージ上の女性は黒髪を長く伸ばし、目つきの鋭いいかにもやり手の女性だった。彼女は観客席をぐるっと睥睨へいげいする。そして、Vサインをした右手を高々と掲げると、


「ヴァージナスフィメール!」


 と、恐ろしい形相で叫んだ。


 ガタガタガタ!


 観客席の信者たちはいっせいに起立し、同じくVサインを掲げながら、


「ヴァージナスフィメール!」


 と叫ぶ。


 二人は焦って急いで立ち上がって真似をするが、改めてカルト宗教の意味不明な狂気に圧倒される。


「司会進行は副教祖であるわたくしヴィーナス・オーラが務めさせていただきます」


 ステージの女性はそう言って頭を下げた。


 そして、重厚なパイプオルガンが素晴らしい音色で賛美歌を演奏し始めた。信者たちはビシッと背筋を伸ばし、見事な歌声でのびやかに熱唱する。一万人が心を一つに合わせ、圧倒的な声量で会場を包んだ。


 ベンは必死に口パクで真似をするが、周囲のエネルギッシュな歌声にとてもついていけない。冷や汗を流しながらただ、歌い終わるのを待った。


 演奏が終わると、静けさが戻ってくる。それは一万人いるとは思えない静けさだった。その異常に統率の取れた信者たちにベンは背筋が寒くなる。なるほど、テロを起こすにはこのレベルの高い士気と忠誠心が要求されるのだ。それを実現した教祖とはどんな人なのだろうか? そんな教祖をこれから自分は討てるのだろうか? ドクンドクンと激しい鼓動が聞こえ、冷汗が流れていく。


 運命の時が近づいてきた。ベンは金属ベルトのボタンに手をかけ、ステージを見下ろす。


 手のひらには汗がびっしょりである。


 ブォォォォゥ。


 パイプオルガンが二曲目の演奏に入った。


 また、信者たちは熱唱を始める。


 ベンは渋い顔でベネデッタと顔を見合わせ、また口パクで演奏の終了を待った。


 結局五曲も歌が続き、ベン達は口パクだけで疲れ果ててしまう。


 また次も歌なんじゃないかとウンザリしながらステージを見ていると、副教祖がVサインを高々と掲げ、話し始める。


「皆さん、今日は我が純潔教にとって待ち焦がれた約束の日です。純潔を守り続けた我々に神が新たな世界をご用意してくれています。それには街の人々を神の元へ届けねばなりません。皆さんの手で一人ずつ、送っていきましょう! さぁ行きましょう! ヴァージナスフィメール!」


「ヴァージナスフィメール!」「ヴァージナスフィメール!」「ヴァージナスフィメール!」


 信者たちは感無量といった感じで声を張り上げた。


 なるほど、彼らは街の人を殺そうとは思っていないのだ。街の人の幸せのために神の元へ送ろうとしている。それは彼らにとっては善行なのだ。


 ベンはこんなとんでもない洗脳を行った教祖に激しい怒りを覚えた。やはり、教祖は討たねばならない、信者の彼女たちのためにも!


「それでは、我らがマザー、ヴィーナス・ラーマにご登壇いただきます!」


 副教祖がそう言うと、


「キャ――――!」「うわぁぁぁ」「ラーマ様ぁ!」


 と、会場が歓喜の渦に包まれた。


 ある者は涙をこぼし、ある者は過呼吸で今にも倒れそうである。


 その狂気ともいうべき熱狂にベンは圧倒される。この熱狂の中で教祖を討つなんて、できるのだろうか?


 しかし、やるしかない。トゥチューラのため、この星のため、そして、自分の未来のため。


 ベンは冷や汗を流しながら、ガチッと金属ベルトのボタンを押した。


 ぐふぅ……。


 何度やっても慣れない噴霧が肛門を直撃し、ベンは顔をゆがめた。


 ピロン! ピロン! ピロン! 表示は『×1000』まで一気に駆け上る。


 隣でベネデッタもボタンを押したようだ。美しい顔を苦痛にゆがめながら必死に便意に耐えている。


 やがて一人の女性がステージに現れる。


 ベンは荒い息をしながら二発目のボタンに手をかける。いよいよ教祖と対決だ。


 事前に打ち合わせしていた通り、二発目のボタンを押したらベネデッタに神聖魔法をかけてもらい、意識をしっかりとさせる。そして、飛行魔法で一気に教祖に飛びかかって右パンチで殴り倒す。教祖の意識を飛ばせばシアン様たちがやってきて全てを解決してくれる……。できるのか本当に?


 ベンは便意に耐えながら必死に何度も飛びかかるイメージを繰り返す。


 スポットライトが彼女を照らし出す。美しいブロンドの髪に鮮やかなルビー色の瞳、神々しい美貌を放つ女性だった。

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