第8話 六条御息所とのやりとりの話

「それで、お兄様、かの六条の御方とはその後・・・」


 非常に聞きづらいが私自身彼女に対してどうすればいいのだろうかと思い聞いてみた。


「お文が来たよ。深い秋の日に眠れなくてね。そんな日の朝にふと誰かが手紙を置いていったんだ。深い青鈍色の紙を咲き掛けの菊の枝に結び付けてあってね。この気の利いた手紙は誰からのものだろうとおもって開いてみたら彼女からだったよ。」


 そう。六条御息所ろくじょうのみやすんどころは当代一と言っていいほどの趣味の言い方なのだ。こんなことがあっても兄が彼女を嫌いになれないのはこういうところに抗いがたい魅力を感じるからだろう。


「それで、そのお文にはなんと?」

「人の世をあはれと聞くも露けきにおくるる袖を思いひこそやれ と。いつにもまして優雅に書かれていたよ。」


 奥さまがお亡くなりになったことを聞くだけでもあはれに思います。見送ったあなたはもっとでしょうね。と


「まあ。」

「しらじらしいと思わないかい?」


 生霊となり憑りついてお殺しになったのですものね。


「ご自覚がおありでないのかもしれませんよ?」

「そうだね。」

「それでどうされましたの?」

「これでお文を送らないと言うのもお気の毒だし、彼女の評判に傷をつけることになるだろう?」

「そうですわね。」


 お父様からまた軽々しく扱ってはいけないよと注意されるかもしれないしね。


「妻はああなる運命だったのかもしれないし、どうしてあのような物の怪を直接見て言葉を聞いてしまったのだろう。そうでなければ・・・と彼女への捨てきれない思いを感じたよ。お手紙を差し上げて、彼女の娘の斎宮さいぐうの潔斎に差し障りがあるまいかと悩んだんだが結局お返事を差し上げることにしたよ。」

「それがよいと思いますわ。どうお返事されましたの?」

「紫の鈍色の紙に、止まる身も消えしも同じ露の世に心おくらむほどぞはかなき、とね。」


 残された私たちもなくなった彼女も同じ露の世に生きるにすぎないのに思いつめるのはつまらないことです。と。


「思いつめないようにと?」

「ついね、見たということをほのめかしてしまったよ。」

「まあ。」

「そして彼女は、野宮ののみやへ移ったようだ。彼女の趣味の良さはやはり評判だから、宮中の人々の中では朝晩、野宮に通う人もいるようだね。彼女が都から伊勢へ去ってしまったら、都は寂しくなるだろうね。」

「そうですわね。趣味の良い方と有名でございますもの。」


 六条御息所の女宮は私たちのいとこだ。この度、伊勢の斎宮さいぐうに選ばれて伊勢へ行くことになった。それに六条御息所もついていくのである。兄と彼女との別れとなる。

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