第2話 朧月夜の君とのお話1

 さて、その日兄は桐壺に朝帰りをした。それを知った桐壺の女房たちが教えてくれた。


 やらかしたな・・・。見境がない。


 左遷案件だ。父が亡くなってからだが。


 後宴の間に他の女人たちは退出するが、私は桐壺で待たせてもらおう。


 兄が帰ってきた。


「おにいさま、お待ちしておりましたわ。」

「姫宮、帰らなかったのかい?」

「おにいさま、今日は朝にお帰りでしたわね。」

「なんだい?寂しかったのかい?」


 わあ。すごい。ポジティブ。でも、そういうことにしとこう。


「ええ。せっかくわたくしが桐壺にいましたのに・・・」

「ごめんね。いい感じで酔っていてね。桐壺にまっすぐ帰るのも物足りなくて、ちょっと歩いていたんだよ。」


 ん?むらむらしていたってことでいいかな?


「あら、歩くに良いところなんてございまして?」

飛香舎ひぎょうしゃ弘徽殿こきでんの当たりをうろうろとしていたんだ。」

「あら。それにしても朝まで帰ってこられないなんて何かございましたの?」

「どこか、空いてたりして、と思いながら歩いてたら、弘徽殿の細殿ほそどのの三の口が開いていてね。昨日は弘徽殿女御が父のところに参っていたから、女房も少ないようで、覗いてみたら奥の扉も開いていたんだ。」


 本当に怖いもの知らず。嫌われている自覚ないの?


「おにいさま、弘徽殿はいくらなんでも危険だと思いますわ。」

「女御は清涼殿だったし大丈夫だよ。」


 他の人には好かれているからって?


「それで、まさか一晩中覗いてましたというわけではございませんでしょう?」

「君のおにいさまはそんなつまらない男性だったかな?」

「いいえ。」


 そうであってくれたら、平和なんだけどな。源氏物語はおもしろくなくなるけど。


「覗いたらね、「朧月夜おぼろづきよに似るものぞなき」と若く美しい声で口ずさむ声が聞こえてくるんだ。嬉しくなってしまってね。袖をつかまえたんだ。」


 怖っ。わたし、絶対一人にならない。恐ろしい。


「おにいさま、それはちょっとおそろしゅうございますわ。」

「彼女も怯えていてね。だから、何が怖いものだと言って、細殿ほそどのに抱き下ろして、戸を閉じたんだ。」


 いや、怖いって。


「おにいさま・・・・」

「震えながら、人を呼ぼうとするものだから、私は誰からも許されているので人を呼んでも無駄ですよっと言ったら、私が誰かわかったみたいで、安心したようだったよ。」


 その自信。本当になんなんだ。


「若くなよなよとして、拒み通す強情さもなくて、とてもかわいくてね。それで名前を聞かせてくれと言ったら、和歌を詠むんだ。優美だろう。色っぽくもあってね。私も詠み返していたら、女房たちが起きだしたり、上の御局みつぼねに行きかったりする音がするから、あわてて扇だけを交換したんだ。」

 と言って、扇を見せてくれた。


 桜襲さくらがさねに、色が濃いところに霞んだ月を描いて、水に映してあるものだった。

 おおー!これが朧月夜おぼろづきよの扇か!源氏オタクの血が騒ぐ。


「趣味のよさそうなお人柄がうかがえますわね。」

「だろう。ああ、美しい人だった。女御の妹の誰かかなあ。」


 そうだよ!あんなに嫌われている人の妹と関係するとか正気なの?


「弘徽殿にいらっしゃったのだから、そうでしょうね。」

「うぶな方だったから五の君か、六の君かな?僕らの異母弟のそちの宮の北の方の三の君や、頭中将の北の方の四の君は美しいと評判だし、そちらでも面白かったんだが、違うだろうし。」


 趣味悪いなあ。もう!

 私はため息をついた。


 兄は続ける。

「六の君だったら、右大臣が東宮に差し上げようと思っているの方だな。気の毒なことをしたかな。それにしてもお文を出す当てがないのが困りものだ。」

「困りましたわね・・・」

「ああ。とりあえず、惟光これみつ良清よしきよに見張らせておいたんだが、もう退出してしまったようだ。」

「右大臣邸では気軽に行けませんものね。」

「ああ。どうしたものか・・・」


 大丈夫ですよ。あなたの行動力なら、何とでもなりますよ。


「無茶はなさらないようにしてくださいませね。」


 わたしは釘を刺しておいた。無駄だけど・・・。

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