第2話 空蝉の君とのお話5

 あれから数日たった。

「姫宮さま、帝から氷が届いております。」

 父から氷が届いたどうなので、おやつに削り氷けずりひ(かき氷)をいただく。父にお礼の文を書きながら、女房から聞いた情報を思い出す。紀伊守きいのかみが任国へ向かったそうだ。

 そう。兄が行動を起こすのである。もう一通私は文を書いた。


 数日後、兄が訪ねてきた。さあ、話してもらおう。


「紀伊守が任国へ行っていたそうですが、もしや・・・」


 そこで言葉を切り兄を待つ。しばらくの沈黙のあと、兄は御簾みすの中に入ってきた。

 几帳きちょうを隔て、おうぎ越しに兄を見る。疲れが見える。


「紀伊守の館には行ったよ。」

「あら、それにしては浮かない顔でございますわね。」

「ああ。うまく逃げられてしまった。」

「まあ。今度はどのように逃げられてしまったのです?」

「小君の策が悪かったんだ。」

「とは?」

「はあ・・・」


 兄はため息をついて話し始めた。天下の光源氏のため息だ。私以外の人はみな、心動かされるのだろう。


「あの日、小君から、紀伊守が任国へ下ったと聞き、夕闇に紛れて小君の車で屋敷へ向かったんだ。」

「あら、よく考えましたわね。それなら目立ちませんね。」

「そうなんだよ。子供の車だと、屋敷の人も何も気にせず通してくれてすんなり入れたんだ。東の妻戸つまどで待たされ、小君が中の様子を確認に行ったんだ。」

「そこまでは順調ですわね。」

「まあまあかな。小君がいつもより締め切っている格子こうしなどを変だと思い、確認したところ、西の対に住む義理の娘が来ていると聞いた。」

「あら、困りましたわね。」

「そうなんだ。だけどとりあえず、見たいなと思って垣間見かいまみれる場所へ移動したんだ。」

「見れましたの?」

「ああ。灯りが近くによく見れたよ。」

「どんな方でしたの?」

「思っていた通り小柄な方だったよ。濃き綾こきあや(濃い紫の綾織物)の単襲ひとえがさね小袿こうちぎを来ていて、頭つきも細やかで小さくて見栄えがしない人だった。顔を少し隠しがちであったのではっきりはわからなかったが、まぶたが少し腫れているような感じで、鼻もすっきりとしてなくて老けて見えて、器量は良くはなかった。でも身だしなみはきちんとしていてたしなみ深い人に感じたよ。」

「そ、そうですの。」


 こ、細かい。


「義理の娘のほうは、白い薄物うすもの単襲ひとえがさねを来て、二藍ふたあい小袿こうちぎのようなものを適当に着て、紅のはかまのところまで胸元をざっくり開けていたよ。背が高く、とても色白で美しくふっくとしていて、頭つきも額付きもはっきりとしていて、目元、口元もはなやかで、髪は長くはないがたっぷりとあってまっすぐで美しかったよ。」


 義理の娘(軒端荻のきばのおぎと呼ばれる)、見た目は美人なんだね。てか、女性のこと話させると細かくて長いな!


「あら?西の対の方のほうがお気に召しましたの?」

「嫌いではないし、興味もあった。だが・・・」

「かの方(空蝉うつせみの君)の方が気になりますのね。」

「ああ。そうだったんだ。」

「それで、どうされましたの?」

「小君が出てきたから見るのをやめたよ。」


 今更・・・


「帰られましたの?」

「まさか。小君にも、帰らせるつもりか?と聞くと、娘が帰ったら案内するといわれて待ってたんだ。」

「じゃあ、しばらくお待ちになりましたのね。」

「うん。でも、しばらく待っても娘は帰らなかったんだ。」

「あら、それでは帰るしかございませんわね。」

「いや、でも帰るわけにはいかないと思い、小君にどうにかしろと言ったんだ。」


 小君、大変だったね。と思いながら先をうながした。

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