塚原卜伝vs蘆屋道満 4

 誰が想像できようか。

 蘆屋道満が作りし異形の怪物、肆手しで参頭さんず

 巨大な骸骨妖怪がしゃどくろと、数多の水神伝説の元となった九頭竜。そして、神話にも出て来る日ノ本の巨人、デイダラボッチの概念を組み合わせて作られたキメラ。

 四本の腕で鈍重な上半身を支え、三つの頭で瘴気を撒き散らしながら迫る怪物と共に、この戦いで初めて、道満から攻撃に行った。

 左腕を失った今、両手で組む印は使えない。代わりに臨から始まる陣で終わる九字くじを切りながら陣を描き、自らの名が由来となった陣――格子印ドーマンにて卜伝の周囲を取り囲んだ。

「何が起こるかはわかっていましょうや。躱せるのか否か、拙僧めに教えてくださいまし」

 合計八八。

 描かれた格子印ドーマンがドーム状に卜伝を囲い、炎を吐く。

 怪物の口内に満たされた瘴気が放たれると炎に引火し、ドーム内が爆発。格子印ドーマンが宙に散り、回転して態勢を立て直す。

 爆炎の中から飛び出して来た卜伝を追い、宙を転げる格子印ドーマンが、急停止した卜伝の目の前で爆発。卜伝の華奢な体を吹き飛ばし、怪物の懐へと叩き込んだ。

 二本の腕で自重を支え、上半身をもたげた怪物の刃が如き鋭い爪が迫る。

 爪を弾き、腕の上を転げながら斬撃を叩き込む卜伝は怪物の頭まで駆け上がり、光る眼光の一つに跳び込んで潰した。

 そして直後に跳躍。未来さきを見ていなければ、怪物の全身に生えた骨の棘に貫かれて即死だった。

 が、目を潰された頭の吐く瘴気をわずかにでも吸い込んだ卜伝の体が、着地と同時に揺らぐ。

 一酸化炭素よりも早く酸化する有害物質だ。体内の酸素が著しく低下してまともに機能しないだろう体で戦うなど不可。

 無論、足りないだけの酸素を取り込めばいいだけの話だが――その前に叩き潰す。

「連鎖爆発、“拾乗起爆印じゅうじょうきばくいん”!!!」

 前後左右、隙間を埋める様に六つの印が重なって囲い、卜伝を逃がすまいと一斉に爆発する。

 爆発によって生じた黒煙もまた、卜伝が吸うはずの酸素を奪って燃えるので、苦しくなった卜伝は爆発こそ斬って防いだものの、堪らなくなってその場から飛び退いた。

 が、そうなる事は想定内。

 元より道満考案の格子印ドーマンは、多くの魔物を見張るための印。一度捕らえた敵は見逃さない。

鎖錠さじょう封縛ふうばく、“鉢乗拘縛印はちじょうこうばくいん”!!!」

 格子印ドーマンから発せられた雷電が鞭の形をして、卜伝の四肢を縛り上げようとする。

 刀を持たぬ左腕と両脚の束縛は叶ったが、刀を持つ右腕には防がれた。右腕を狙った雷電を、一振りで薙ぎ払われたのだ。

 更に繰り出された縦一閃によって右半身の自由を許し、体を捻って繰り出した一撃にて左の自由まで許してしまう。

 が、それすらも想定内。

 落ちる体の下に潜り込んだ怪物が大口を開け、剣で眉間を打ち払った卜伝の足首を銜え、一瞬で噛み砕いたのだった。

『卜伝の、足が……!』

 解説も実況も追い付かない。

 一挙手一投足の間に事態が急変し、一瞬で展開が一変する攻防の連続。

 人の領域を逸脱した怪物を召喚された時点でもう付いて行く事を諦めそうになっていたのに、目が、耳が、肌が、全身があらゆる感覚を駆使してこの戦いの結末を見届けようとしている。

 会場の誰もが異形の怪物に恐怖しながら、二人の戦いから逃げ出せずにいた。

「魑魅魍魎。悪鬼羅刹。畜生外道の肆手参頭! 屍踏み越え何処までも!!!」

 卜伝の足首を噛んだまま離さず、怪物は水の中へ卜伝を引きずり込もうとする。

 が、先に見た未来に水の中はないのか、大きく振り回されながら引きずり込まれる卜伝の振り被った刀が足を噛む頭部を斬り砕き、怪物に口を開けさせて逃れ、そのままの速度で道満へと斬り掛かった。

 剣を受けた祈祷剣に、亀裂が生じる。

 踏み止まった足首から血が飛沫く。

「その傷さえ想定内ですか、剣聖殿」

「無駄口を叩く余裕があるか。斬り殺すぞ、陰陽師」

「おや。その様子だと、まさかお忘れではありませんか? 未来さきは見えても、過去さきの拙僧の言葉は忘れてしまったのでしょうか」

「何がだ」

「言わなかったでしょうか。ここからは拙僧と奴の、共闘だと……!」

 水の中から腕が伸びる。

 その場で垂直跳びをして腕を躱した卜伝は、落ちると同時に剣を突き立て、手首を粉砕。離れた手先が五指を足の代わりにして這って来るが、卜伝の剣は飛び掛かるより先に五指と掌の骨中央を切断しており、バラバラに斬られた骨の塊が水の中へと落ちて行った。

「忘れてないが」

「そのようで」

 水の中から這い出て来た怪物の突進を、跳んで躱す。

 だが蛇よりも自在に空中さえ進む怪物の全身に鋭く尖れた骨の刃が生え出て、重量と突進力と斬撃力とを単純に足した鈍重な攻撃の応酬が、宙を舞う卜伝を虐めるように襲う。

 前後左右。あらゆる方向から襲い来る骨の刃に弾かれながら、辛うじて握り締めた剣で受ける卜伝――と周囲は見ていたが、誰よりも先に未来を知る卜伝の目はすでに知っていた。

 噛み砕かれた足首が繰り出せる跳躍力でも届く、いや、足首が噛み砕かれた状況でなければ、敵も見せなかっただろう隙を穿つ、絶好の機会。

 幾つもの分岐した未来を見る卜伝の技は、本人曰くただ一つ。

 それは全ての未来。全ての分岐した世界に通じる一撃。全ての世界に同じ結末を齎す事が定められた、文字通りの必中必殺。必勝の一撃。

 逸話の中でも、卜伝と因縁深いその技の名は――“壱之太刀ひとつのたち”。

「――」

「おまえこそ、忘れたわけではないだろう。俺を、誰だと思っている」

 驚愕する道満の目先に移る光景は一つ。

 ただの一撃。振り被って繰り出されたただの一撃によって崩壊した怪物の骸と、その前で剣を振り払う男の姿。

 ただの一撃で怪物を葬り去った、無類の剣聖の神髄。その一端であった。

 見せ付けられた道満は一息呑み込み、笑った。

「いや失敬! これはこれは、手痛いご指摘でした……そう、あなたは未来を見通す者。全ての未来に繋がる一瞬を逃さず、斬り穿つ者。いやはや、失念しておりました……お陰で、希望が見えましてございます」

「何だと?」

「……拙僧、頭の出来は良くないのですが考えました。未来が見える相手との戦い方を。ずっと考えておりました。未来さきが見える相手との立ち回り方を。しかし今、拙僧視点を変えてみたのです。一体いつから、これの弱点がわかっていたのかと。否、それ以前に――

 そう来たか。

 道満の服に盗聴器を仕込んでいた――本人にも秘密で――南條はほくそ笑む。

 実際に戦い、相手にした道満だから気付いた疑問符。道満が勝つにしろ負けるにしろ、これを解かぬまま終わらせるのはもったいない。

「考えました。我らが総監督があなた方の総監督に宣戦布告した時にこの戦いがわかっていたのなら、その時に。この戦いに至るまでの戦いの最中に見たのなら、その時に、あなた方の総監督に進言出来たはず。と」

「……」

「そしてあなた方の総監督に言えたはず。この戦いに勝つのは、自分だと。何せ、確定された未来が見えているのですから。それすらしなかった……いや、――」

「すれば、なんだ。俺に勝てると言うのか? 俺に勝てると、宣うのか」

「ですので……希望が見えたと宣いました」

 道満は、手を合わせた。

 いや、その時点でおかしいと気付いたのは果たして何人だろう。

 隻腕である道満に、合わせる手などないはず。

 だが道満には腕があった。肆手参頭の欠片から錬成したのだろう歪な形の骨の腕。その腕が天を差し、指の先で地上までの一直線を描くと、漆黒の閃が少しずつ開き、次の瞬間に一挙に広がった。

未来さきが見えると言うのなら、過去いまを見えない世界にすればよろしい。さぁ、夜の帳を下ろしましょうや」

 朝が来たばかりの戦場を、闇が閉ざす。

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