後編


「本当にやるとは思ってなかったよ、だってあんたは人間じゃない。本物に良く似せた偽物、共歩き。あんたの持つその短い黒髪も、小柄な背丈も、大きい藍色の瞳も、白いワンピースも、恋心も……全部オリジナルを真似たもんだ。何から何まで、あんたじゃない」


 彼女は言った。わたしは偽物なのだと。わたしの全ては模倣。何一つ、自分ではないのだと。わたしの持つ、この想いすらも。


「なのにあんたは、本物の彼女の為に骨を折った。オリジナルに取って代わろうとするのが、共歩きの本能の筈。共歩きを二回見たら死んじゃうのは、一回目で様子を伺い、二回目で確実に殺すことが多いから」


 心底驚いた様子の彼女が言っていることも、何となく解る。わたしの内側で狂った獣みたいに叫んでいる、強烈な意志がある。

 あの指輪を受け取るのは、本来自分だった筈。彼に抱きしめてもらうのも、あたたかい口づけも、幸せも。全部全部、わたしが奪ってやりたかった。


 彼の髪も目も鼻も頬も唇も歯も首も鎖骨も肩も腕も肘も手も胸も腰もへそも男性器も尻も太ももも膝も脛も足首も足もっ! 彼と言う存在全てが狂おしいくらいまでに欲しくて、欲しくて、欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくてあなたが邪魔で邪魔で邪魔で邪魔で邪魔で邪魔で邪魔で邪魔で邪魔で邪魔で邪魔で邪魔で邪魔で邪魔で邪魔で邪魔で邪魔で邪魔で邪魔で邪魔で邪魔で邪魔で邪魔で殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて殺したくてっ!


 わ た し が 幸 せ に な り た か っ た の に っ!!!


「……やっぱり、そうなっちゃうのかい」


 お姉さんが溜息交じりに何かを言っている。一方でわたしは、こらえていたものが一気にあふれ出て、自我も朧気になり始めていた。今からでもあの二人の合間に割って入り、彼女を殺して彼を手に入れたい。あの幸せを独り占めしてしまいたい。全部を奪い取って、高らかに笑ってやりたい。欲望が、本能が、そう叫んでいる。

 いつの間にか、視線が高くなっていた。それが自分の身体が変質し、何か大きなものへと変貌していっているからだということに、わたしは全く気が付かないでいた。


「舞え、【黒死蝶】。目の前の共歩きを、滅する」


 わたしの周りに黒い蝶が舞う。ひらひら、ひらひら。一頭ずつわたしの身体にとまっていった瞬間、全身に激痛が走った。


「~~~~~~っ!!!」

「悪いね。そこまでの変異を遂げた以上、あたしも手加減してられないのさ。呪符よ」


 彼女が呪符を投げると、数多の呪符が列をなして円を描き、わたしの身体を囲っていく。全身の痛みに身をよじったわたしがその呪符に触れた瞬間、焼け爛れるような心地があった。


「最後に言い残すことはあるかい?」


 無数の呪符で顔は見えないけど、向こう側にいる彼女がそう口を開いた。もうすぐ、終わるんだ。これが、わたしを、終わらせるものなんだって。

 言い残すこと、か。こんなわたしが、最後に言うことなんて、決まっている。彼が欲しいと荒れ狂う本能の中、わたしはしゃがれ声で、ポツリと呟いた。


「…………」

「なっ!?」


 わたしの言葉に、彼女は驚いたような声を上げていた。あはは、びっくりしちゃったかな。欲望だ本能だなんて言ってもさ。本当に最後なんだから、せめてカッコつけちゃおう、なんてね。

 例えそれが、本心じゃなかったとしても。


「……【符術:封魔包囲陣】っ!」


 やがて彼女がそう声を荒げた瞬間。わたしを取り囲んでいた呪符が一斉にわたしに向かって圧縮し始めた。身体を無理やり押し込められる感覚に絶叫した後で、わたしは意識を失った。

 でも、わたしは笑えてた。だって、これで良かったんだから。そう思えなかったとしても、これが良かったん、だか、ら……。



 呪符が一点に集中し、パッと弾けた後。そこに現れたのは一頭の黒い蝶であった。ひらひらと舞う蝶は、彼女の右手の人差し指にとまる。


「終わった、か」


 彼女はとまっている黒い蝶を見る。少し羽を動かしつつもゆっくりとしている、その蝶を。つい先ほどまで共歩きであった、この蝶を。そして思い出す。言葉を発せなくなった蝶が、最後に言っていたあの言葉を。


「…………」


 唇を閉ざしたまま、噛み締めるかのように彼女はその言葉を頭の中で反芻させる。


「……もし、“神”ってやつが本当にいるんなら。こういう奴こそ、救ってやって欲しいね」


 長い沈黙の後、彼女は空を仰いだ。とっくに花火は終わっており、星々の月が空を占領している。遠くには、祭りがにぎわう音も聞こえてきた。


「だけど、あたしに神の加護は要らない。あたしはどっちかって言ったら、神を殺す側だしね。さってと、そろそろ行こうか……」

「えっ、ちょっと待って誰かいるっ!?」


 そう口にした彼女が手を振った瞬間、黒い蝶が飛び立った。同時に声がする。彼女が振り返ってみると、そこには先ほどプロポーズを終えた二人組が、抱き合ったままこちらを凝視していた。しかも衣服が、若干ではないくらいに乱れている。


「おやおや。こんなとこでおっぱじめるなんて、熱いお二人さんねぇ」

「い、いや、ちょ、これは……」

「あ、アンタが周囲に誰もいないからって言ったんじゃないのよ、この嘘つきっ!」


 慌てふためいている二人を余所に、彼女はニヤニヤと笑みを浮かべていた。必死に言い訳をして謝っている男性と、恥ずかしいところを見られたとご立腹の女性。そんな光景ですら、微笑ましく思っているのが彼女であった。


「……どうかいつまでもお幸せに」

「えっ?」

「なあに、ちょいと伝言を頼まれてただけさ。覚えておきな」


 やがて彼女がそう口にする。首を傾げる女性に向かって、覚えておくこと、と念を押した。


「じゃ、あたしはこの辺で。盛るなら、場所くらいわきまえな」

「あっ、蝶々」


 あっけらかんと口を開いた彼女の言葉の後に、二人の視界には黒い蝶が舞っていた。彼らの周囲をクルリと一周した後に、視界からフッと消えてしまう。

 彼らが気が付いた時には、オレンジ色の髪の毛の女性がいなくなっていた。


「な、なんだったのよ、一体?」

「さ、さあ? でもとりあえず、今度こそ人もいなくなったし。続きを……」

「さっき場所くらいわきまえろって言われたばっかじゃないの、この馬鹿ぁぁぁっ!!!」


 再び女性に抱き着こうとした男性だったが、迎えてくれたのは女性の張り手であった。フルスイングされた右手が男性の左頬にクリーンヒットし、赤く綺麗な手形が残る。

 そんな彼らを見守るかのように、近くの木の枝には一頭の黒い蝶がとまっていた。少しの間とまっていたが、やがてそこから飛び立っていく。その羽ばたきには、迷いや未練といったものは一切感じられない、力強いものであった。


 もう大丈夫だって、言わんばかりの。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君が為、惜しがらざりし、命さえ 沖田ねてる @okita_neteru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ